「なるほど…」
そう呟いてから、杏奈はまた、先程の写真に目線を戻した。
「どれか気に入った写真、あった?」
そう尋ねられ「この写真が好きです」と杏奈が返す。
「どれ?」
そう言って立ち上がった彼が杏奈に近づいてくる。
「この…硝子職人さん?の写真です。」
彼が近づいてきた瞬間、
ふんわり香ったデオドラントの香り。
ドキドキしていることを悟られないようにしながら、
杏奈が目の前の写真を指さした。
「あー、それね!なかなか渋いね、チョイスが!」
あははっと笑われ、
なんだか自分のセンスも笑われた気がして
「えー?素敵じゃないですか!」と
ちょっと不貞腐れながら反撃してみる。
「そうなんだ?どのあたりがいいと思った?」
「そうですね…」
そう呟いた後に、ゆっくりと言葉を選びながら
感じたことを素直に表現してみる。
「まず、この職人さんの目つき。
1つ1つの作品に真剣に向き合っていらっしゃるのが伝わってきます。
手前に大きく写ってるゴツゴツした手が、玄人感あって、お仕事されてる手って感じで素敵だし、
大きい手だけど、丁寧で、繊細な手つきで作業されてるのも伝わってきます。
それに…」
一旦言葉を切ってから、またゆっくりと言葉を選ぶ。
「この写真を撮っている方も、素敵だと思います。
被写体を硝子じゃなくて、職人さんの方をメインにしてるっていうのもいいなって。
硝子の方だったら、簡単に『映える写真』が撮れそうなのに、あえてそうしていないっていうのがよくて。
硝子職人っていうお仕事のことを伝えたいっていう気持ちが強いのかなって感じます。
職人さんに、写真を撮ってることを意識させないで、自然体で撮れてるのもすごいなって。」
そこまで言って、杏奈はハッと我に返ると、隣りにいる彼に目線を戻した。
杏奈に熱く語られたのが意外だったのか、彼は目を真ん丸にして杏奈を見つめている。
その様子を見て、慌てて謝った。