ランベールの葬儀から1週間程経過した日のことだった。

この日、シュミットは葬儀の後処理で執務室を不在。スティーブは地下訓練所で騎士たちの剣術の訓練の指導にあたっていた。

 一方、エルウィンは……。


「全く……俺だって剣術の指導にあたりたいのに……シュミットの奴め……」

エルウィンはブツブツ言いながら剣の手入れをしていた。シュミットからは自分がいなくとも仕事をするようにと言われていたのだが、とてもではないが今のエルウィンにはやる気が出ないでいた。

「毎日毎日書類と睨みあって本当にいやになってくる……。年々書類が増えてくるのは一体何故なんだ……?」

ブレイドにヤスリをかけながらエルウィンは、ふと思った。

「そうだ……シュミットもいないことだし、久々に領民達のところにでも行って来るか? あのリアとかいう娘にも改めて礼を言ったほうがいいかもしれないしな……」

思わず自分の考えを口に出した時――


――コンコン

扉がノックされる音が聞こえた。

「誰だ?」

声を掛けると、扉の向こう側から声が掛けられた。

『エルウィン様、ミカエル様とウリエル様がエルウィン様にお会いしたいと言うことで伺ったのですが宜しいでしょうか?』

聞き覚えのない声で返事があった。

「何? ミカエルとウリエルが? 分かった、入れ」

「失礼致します」

扉が開くとミカエルとウリエル、そして侍女のゾーイが執務室の中に入ってきた。

「エルウィン様、こんにちは」

「こんにちは」

ミカエルとウリエルがエルウィンに頭を下げる。

「ああ、2人とも。よく来てくれたな」

エルウィンは笑みを浮かべて2人を迎え入れた。

「エルウィン様。私達の為にお時間を頂き、ありがとうございます」

ゾーイはドレスの裾をつまむと挨拶をした。

「ああ、別に構わないが……そうだ。ミカエル、ウリエル。俺はこれから仕事場の様子を見に行くのだが、どうだ? 一緒に行くか?色々な作業している姿を見ることが出来るから楽しいぞ?」

エルウィンはミカエルとウリエルの2人を交互に見ながら尋ねた。

「本当ですか? 僕、行ってみたいです」
「僕も!」

ミカエルとウリエルが目をキラキラさせながら頷く。

「よし、それじゃ行くか」

そしてエルウィンは立ち上がり、剣を腰にさすと2人を見た。

「俺について来い」

「「はい」」

返事をする2人。

早速エルウィンはミカエルとウリエルを連れて執務室を出るとゾーイも後からいて来た。

(何だ? この女……)

そこでエルウィンは足を止めてゾーイを振り返った。

「何だ? 何故お前までついてくる?」

その言葉にゾーイは驚いた。

「え? あ、あの……私はミカエル様とウリエル様の侍女ですから」

「2人なら俺が仕事場まで連れて行くが? それとも俺が信用出来ないのか?」

「い、いえ。決してその様なことではありません。ですが、ミカエル様とウリエル様のお供は必ずするようにドミニコ様とバルド様から命じられておりますので」

本当はその様な命令などされていなかったが、エルウィンとの距離を近づけたかったゾーイは必死だ。

するとエルウィンの眉が険しくなる。

「チッ……! あの2人の命令か……」

舌打ちをしながらますます機嫌が悪くなるエルウィンを見てゾーイの焦りが募る。

(ど、どうしよう……。余計にエルウィン様を苛立たせてしまったわ……)

「あ、あの……私……」

「仕方あるまい」

エルウィンはため息をついた。

「え?」

「あの2人の命令ならお前も言うことを聞くしか無いのだろう。では皆で行くぞ」

踵を返すエルウィンにゾーイは嬉しそうにお礼を述べた。

「あ、ありがとうございます!」

しかしエルウィンは返事をすることもなく、3人を連れて仕事場へ足を向けた。

もはや彼の頭の中からはゾーイの存在は完全に消えていた。

その代わりに頭の中を占めていたのはセリアとアリアドネの事のみだった――