地下通路を使って、アリアドネとスティーブは女性寮へと向かっていた。
すると、不意にスティーブがアリアドネに声をかけてきた。

「アリアドネ。寮へ行く前に、少しお茶を飲んでいかないか? 実は厨房から美味そうな焼き菓子を貰っているんだよ」

「え……? 焼き菓子ですか? でも他の人達は仕事をしているのに、私だけが休ませてもらった挙げ句、お茶を飲むなんて」

生真面目なアリアドネは本来なら労働していなければならない時間に自分だけが仕事を休む上に、お茶を飲むような真似は出来ないと考えていた。

「アリアドネは何か勘違いしているようだけど……本来、この城へやってきた目的を忘れてしまったのか?」

スティーブはアリアドネの手を引いて歩きながら尋ねた。

「別に忘れたわけではありません。私はもともとは姉の代わりに辺境伯様の元へ嫁ぐように父から命じられてこの城へやってまいりました。けれどエルウィン様からは拒絶されて、城を追い出されてしまい、行き場を失ったのでシュミット様にお願いして下働きとして置いて頂いております」

「そう、それだよ」

「え? それ……とは何でしょう?」

「つまり、アリアドネはエルウィン様の妻となるべくしてこの城へやってきているんだ。だから本来であれば、下働きに身を置くような身分じゃないって事だよ」

「でも……ただで置いてもらう訳には……」

「まぁいいからいいから。あんな事があった後なんだ。今日はお茶を飲んだら部屋で休んでいるといい」

「あ、あのところでどちらへ行かれるつもりなのですか? 寮とは方向が違うようなのですが?」

手を引かれながらアリアドネは尋ねる。

「ああ、実は以前アリアドネとヨゼフさんを招いた城の監視塔に行こうと思ってね。あそこは人目につかない場所にあるから、他の城の者達に見つかることが無いだろう? そこでお茶を飲んだら部屋まで送ってやるよ」

「ですが……」

それでも生真面目なアリアドネにとっては自分だけが労働をさぼっているようで気が引けた。

その時――

「スティーブ。アリアドネ様をどちらにお連れするつもりだ?」

背後からシュミットの声が聞こえた。

「え?」

慌てて足を止めたスティーブは振り返り……目を見開いた。

「え? シュ、シュミットッ? な、何でここに……!」

「おはようございます、シュミット様」

アリアドネは丁寧に朝の挨拶をした。

「おはようございます、アリアドネ様」

シュミットは笑みを浮かべて挨拶をした後……次にコホンと咳払いした。

「それはこちらの台詞だ。何故、お前はアリアドネ様を連れているんだ? 先ほど用事があって仕事場へ足を運んでみると、警護に当たっているはずのお前の姿が見当たらない。それにアリアドネ様の姿も見えないので、マリアさんに尋ねたら、お前に連れられて寮へ戻ったと聞かされていたのに」

そしてジロリとスティーブを見た。

「この方角は……どうみても女性寮への通路じゃないようだが?」

「あ……そ、それは……アリアドネを寮に送り届ける前に2人でお茶でもと思って……」

スティーブはバツが悪かったのか、アリアドネから手を離した。

「大体、お前が仕事場に行った目的は何だ? 怪しい人物はいないか見張りをする為だっただろう? それなのに持ち場を離れてどうする?」

「え? そうだったのですか?」

アリアドネはシュミットの話に驚いた。まさかそんな事情があるとは思いもしなかったのだ。

「ええ、そうなのですよ。昨夜、あのような事件が起きたばかりですから暫くは城の警備を強化しようと言う事になり、スティーブが自ら仕事場の警護を買って出たのに……何故勝手に持ち場を離れているんだ?」

「あ……い、いや。30分くらいは大丈夫かな~と思って……」

「スティーブ。お前は今すぐ持ち場へ戻るんだ。アリアドネ様の見送りなら私が代わる」

「う……わ、分かったよ! それじゃあな、アリアドネ」

「はい、スティーブ様」

アリアドネは笑みを浮かべてスティーブに返事を返す。

「ああ、またなっ!」

そして踵を返すと、スティーブは駆け足で仕事場へと戻って行った。

(くっそ~折角アリアドネと2人きりでお茶を飲めると思っていたのに……シュミットの奴めっ! 覚えてろよっ!)

心の中でシュミットに対する悪態をつきながら――