夕方――

雪かきをしている男性達が仕事場に戻ってきた。

「アリアドネッ!」

外から帰ってきたダリウスが炊き出しの準備をしていたアリアドネの元に駆けつけてきた。

「あ、ダリウス。雪かきの仕事お疲れさまでした。今夜は肉体労働をしてきた男性達の為に鹿肉のシチューを作っているのよ?」

仕事場のすみでジャガイモの皮むきを行っていたアリアドネはダリウスに笑みを浮かべた。

「何を悠長な事を言ってるんだ? 君は今日無理やりランベール様に寝所に連れていかれそうになったらしいじゃないかっ!」

ダリウスは興奮のあまり、つい大きな声を出してしまった。

「ダ、ダリウス……。お願い、そんな大きな声で言わないで。は、恥ずかしいわ……」

アリアドネは顔を真っ赤にさせた。

「あ……ご、ごめん……つい……」

「それに安心して頂戴? 第一未遂で終わったし、エルウィン様とスティーブ様、それにシュミット様が私を助けて下さったのよ。ランベール様は越冬期間が終わるまでは地下牢に入れられることになったそうなの」

「え? 地下牢に? そうか、彼は今地下牢にいるのか……。けれど、アリアドネ。いくら城主様が助けてくれたとは言え、そもそもこの城はどこかおかしい。か弱い女性、しかもここで働く使用人女性を権力で手に入れようとする考え方はどうかしているよ」

ダリウスは必至にアリアドネに訴える。

「だから、やっぱり越冬期間が終わった後は俺と一緒に故郷へ行こう? 大丈夫だ。君1人を養ってあげられるだけの甲斐性は持ち合わせているから」

「ダリウス……」

アリアドネはジャガイモの皮むきをする手を止めると、まじまじとダリウスを見つめた。

「何だい?」

「い、いえ……あの、今の台詞はまるで結婚を申し込んでいるような言葉に聞こえてしまうわよ? あまりそういう言葉は言わないほうが良いと思うわ。女性たちに色々勘違いされてしまいそうになるから」

「……別に勘違いとかじゃなく、本気で言ってるつもりなんだけど……」

ダリウスは真面目な顔でアリアドネを見つめる。

「えっ!?」

一瞬、アリアドネの顔が真っ赤に染まり……ため息をついた。

「もういやだわ、からかわないで頂戴」

そしてアリアドネは再びジャガイモの皮をむき始めようとした時。

「アリアドネ、俺は本気で言ってるんだ」

ダリウスはアリアドネをじっと見つめた。

「え……?」

「噂で聞いたんだけど、スティーブ様にプロポーズされているんだって?」

「ええっ!? な、何その話……初めて聞いたわ」

あまりにも驚いたアリアドネは手にしていたジャガイモを床に落としてしまった。

「その反応……ひょっとして違うのか?」

「ええ当然よ。大体スティーブ様はそんな関係では無いから」

「そうなのかい?」

「そうよ。もうあまりからかわないで?」

そして再びアリアドネはジャガイモを拾い上げると、皮をむき始める。

「……別にからかったわけじゃないんだけどな……」

ポツリと言うダリウス。

「え? 何か言った?」

「いや何でもないよ。それじゃ俺、倉庫の片づけをしてくるから」

それだけ言うと、ダリウスは立ち上がった。

「それじゃあな、アリアドネ」

「ええ、またね」


2人は互いに手を振りあい、ダリウスは倉庫へ向かった――


****


23時、地下牢――

「全くエルウィンの奴……よくもこの私をこんなところに閉じ込めおって……!」

ランベールはイライラした様子で部下からの差し入れの本を読んでいた。

(それにしてもオズワルドのは本当に気の利かない男だ。門番を買収して、私をここから出すように仕向けろとあれほど命じたのに)

その時……。

「うっ!」

地下牢の奥で男のうめき声が聞こえた。

ドサッ!!

そして次に何かが倒れこむ音が辺りに響き渡る。

「何だ? 一体何があった?」

すると……。

カツーン
カツーン
カツーン……

何者かの足音が地下牢に響き渡る。足音は確実にこちらへ近づいてくる。
やがて足音はランベールの入れられた地下牢の前で止まった。


「うん? お前は……」

ランベールがその人物を見た途端。

シュッ!!

空気を切り裂くような音が響く。

「ウッ……」

ランベールのうめき声と共に、ドサリと何かが床の上に倒れこむ大きな音が響きわたった。


カツーン
カツーン
カツーン…

やがて足音は遠ざかり……代わりに鉄のようなむせかえるような匂いが、地下牢に漂い始めた――