「ダリウス、貴方はひょっとしてエルウィン様を良く思っていないの?」

するとダリウスは眉をしかめた。

「当然じゃないか。君だって彼の評判を知っているだろう?『血に飢えた戦場の暴君』。この屋敷で働いているのだからそう呼ばれているのを知らないはずは無い。いや、それだけじゃない。彼は戦場で打ち取った敵の大将達の首を取り、その首を前に酒を飲むのを何よりも好むと言われるような人物だからな」

「……」

 その言葉を聞いたアリアドネは気分が悪くなり、思わず眉をしかめてしまった。

「あ……ごめん。女性には少し刺激が強い話だったね。配慮が足りなかったよ」

アリアドネの様子に気付いたダリウスはすぐに謝罪してきた。

「ダリウス。私はね、この縁談が決まってお父様に話を聞くまではエルウィン様がどのような方か知らなかったのよ。そしてヨゼフさんと2人でこの城を目指して旅に出て、その道すがらエルウィン様の話を聞いてきたわ。やっぱり評判は良くは無かったし、初めてこの城へやってきた時……剣を抜かれそうになった時は本当に怖かった」

「そうだろう?」

ダリウスはアリアドネが自分の意見に賛同してくれたのだと思い、嬉しくて笑みを浮かべた。

「でもね、この間メイドさん達に連れられて城へ行った時、エルウィン様が兵士に絡まれている私を助けてくれたのよ? それだけじゃないわ。帰り道にエルウィン様が私が目立たないようにと、クラバットを貸して下さったの。これで顔を隠すようにって。そして私を仕事場まで送ってくれた時にランベール様が現れたわ。危うく掴まりそうになったところをエルウィン様が助けてくれたのよ」

アリアドネの話をダリウスは黙って聞いている。

「だからそんなに世間で騒がれているような残虐な方では無いと思うの。ただ単に、話が誇張されすぎているのじゃないかしら?」

「だけど、アリアドネ。君は戦場での彼の事を知らないから……」

「え? ダリウス。貴方もしかして参戦したことがあるの? ひょっとして兵士だったの?」

アリアドネは目を見開いた。

「いや……それは知らない。ただ、国にいた時に人づてに聞いた話なんだ。けれど俺が話したいのはそんな事じゃない。アリアドネ、越冬期間が終ったら一緒に俺の国へ行かないか?」

「え!?」

あまりにも突然の申し出にアリアドネは驚いた。

「ダリウス……本気で言ってるの?」

「勿論本気だ。アリアドネ、この城はおかしい。大体メイドが城の男たちの夜伽をするなんてあり得ないだろう? それだけじゃない。越冬期間中は娼館から10人以上の娼婦が城に住んでいるなんて普通じゃない事だ。大体、城がこんな状態になったのはエルウィン様が城主になってからなんだろう?」

「そ、それは……ランベール様が勝手にやっている事なのよ? あの方はエルウィン様の叔父だからエルウィン様の次に権力を持つ方で、歯向かえなかったと聞いているわ」

(それに……何より一番今の状況を許せないのはエルウィン様なのに……)

アリアドネはランベールに激しい怒りをぶつけていたエルウィンの姿を思い出していた。

「エルウィン様が城の者全てをコントロール出来ないのは、彼が未熟な城主だからだろう?」

「ダリウス……」

「君がヨゼフさんを残してこの城を去れないと言うのなら彼も一緒に連れてこの城を出よう。ここは君のような女性が暮らすのには不向きな場所だ」

「そ、そんな事……いきなり言われても……」

俯くアリアドネにダリウスは謝罪した。

「ご、ごめん。いきなりで、驚いたよね? だけど前向きに考えておいてくれないかな? 越冬期間が終わるまで半年近くあるから、その期間に答えを出して欲しいんだ」

しかし、アリアドネは何も答える事が出来なかった。

「……ごめん、悩ませてしまったね……。そろそろ休憩時間が終る。仕事場に戻ろう?」

「ええ……」

そしてダリウスとアリアドネは何とも気まずい雰囲気の中、それぞれの持ち場へ戻るのだった――