エルウィンがランベールを恫喝してから数日が経過していた。

アイゼンシュタット城の周囲はすっかり深い雪に包まれていた。
城門は固く閉ざされ、完全に外界から孤立していた。
吹雪も止むことが無く1日中吹き荒れ、城の外へ出る者はもはや1人もいなかった。


「話には聞いておりましたが、アイゼンシュタット城は本当に過酷な環境下におかれているのですね」

仕事の合間の休憩時間にアリアドネはお茶を飲みながら窓の外を見つめた。

「ええ、そうね。始めてここで冬を越すアリアドネには驚きかもしれないわね」

ここの使用人達の中では比較的アリアドネと年の近いセリアが返事をした。

「それにしても危ないところだったわね。兵士たちどころか、ランベール様にまで見つかってしまったのだから。本当に無事で良かったわよ」

マリアがクッキーをつまんだ。

「はい、エルウィン様が助けて下さったおかげです。それで……あの……」

「ああ、分かってるって。もうシュミット様から話は聞いているから。本当はアリアドネはエルウィン様の妻になるべく、ここにやってきたんだろう?」

イゾルネがアリアドネを見つめる。

「はい、そうです。ですが、正確に言えば本来は姉がエルウィン様に嫁ぐ予定だったのですが、父に私が身代わりとしてアイゼンシュタット城へ行くように命じたのです。私は……妾腹の娘でしたから」

一緒にお茶を飲んでいたマリア、イゾルネ、セリアはいつしか黙ってアリアドネの話を聞いていた。

「エルウィン様が妾腹の人間を嫌っているという事も、妻を必要としていなかった事も、お会いして始めて知ったのです。それなのに私のような者が押し掛けて来てしまったので、エルウィン様はさぞかしお怒りになってしまったのでしょうね」

「それは違うよ、アリアドネ」

イゾルネが否定する。

「ああ、そうだよ。エルウィン様が妻を必要としていないのは恐らく3年前の事件がきっかけだと思うんだよ」

マリアがアリアドネの肩に手を置いた。

「3年前……? アイゼンシュタット城が敵国から攻められた時の話ですよね?」

「ああ、そうだよ。あの時奥様は敵国に捕らわれて人質になってしまったのさ。それで城主様は奥様を助ける為に剣を下ろし、殺害されてしまった。それどころか奥様まで敵国は手にかけ、そこへエルウィン様率いる騎士達が現れて敵の制圧に成功したのだけど……」

マリアがそこで言葉を切り、再び続けた。

「城主様と奥様の葬儀の時、エルウィン様は言ったんだよ。『敵に弱みを握られない為に自分は妻も娶らず、子も成さないとね。だからね、エルウィン様はアリアドネのことが気に入らなくて、この城を追い出したわけじゃないんだ。色々な事情があって、この城にはいないほうが幸せになれると考えたから、追い出したに決まってるよ」

「そうだったのでしょうか……。でも確かにそれ程恐ろしい方では無のでしょうね。あ、皆さんにお願いがあるのですが……」

アリアドネは3人を見た。

「ええ、分かってるわよ。貴女の事はエルウィン様には内緒。宿場町から避難してきた領民という事にしておけばいいのでしょう? そしてエルウィン様の前ではリアと呼べばいいのよね?」

セリアが言った。

「はい。その様にお願いします」


 その時、地下通路の方から声が上がった。

「エルウィン様……! どうされたのですかっ!?」

(え? エルウィン様……?)

アリアドネが声の聞こえた方角を見ると、地下通路に続く階段付近で男性寮の責任者と談笑しているエルウィンの姿があった――