「シュミット、お前は酷い奴だ」

シュミットとスティーブはそれぞれの持ち場へ戻る為に城内を歩いていると、不意に恨みを込めた目でスティーブが文句を言ってきた。

「何がだ?」

「とぼけるな。お前は俺1人で雑巾を縫わせておきながらアリアドネを連れて行ってしまっただろう? 一体2人きりでどんな話をしたんだよ」

「スティーブ……お前、まさか本気なのか?」

「え? 何がだ?」

「だから、本気でアリアドネ様に好意を寄せているのではないかと聞いているんだ」

「ああ、そうだけど?」

「何だって!?」

あまりにもあっさりと返事をしたので、シュミットは驚きを通して呆れてしまった。

「お前、本気で言ってるのか? 分っているのか? アリアドネ様はエルウィン様の妻となるべく、この城にやってきたのだぞ?」

「だけど大将はアリアドネ様を拒絶された挙句、この城から追い出したと思っているのだから別に構わないだろう?」

「構わないだろう? ってお前……」

「でもあれだけの美人、そうそういないぜ? しかも何処か気品がある。彼女自身は伯爵家から一切の貴族令嬢として教育を受けて来なかったって言ってるけど……やっぱり何処か違うんだよな~。それに家事は得意だし、何より気立てが良い。きっと結婚すれば良き妻、良き母になってくれそうだな……」

結婚という言葉にシュミットはギョッとした。

「えっ!? け、結婚て……お前、まさかっ!」

「ハハハハッ……馬鹿だな~冗談に決まっているだろう? それじゃ、俺は訓練所に行って来る」

スティーブはシュミットの背中をバンバン叩き、笑いながら廊下の角を曲がって行ってしまった。

「……全く……」

シュミットは溜息をつくと、エルウィンの執務室へと向かった――



****


――コンコン

エルウィンの執務室の扉をノックしながらシュミットは声をかけた。

「エルウィン様。私です。シュミットです」

「……入れ」

不愛想な返事が部屋の中から返ってくる。

「失礼致します……」

扉を開けてシュミットは執務室の中へ足を踏み入れ……ギョッとした。何とエルウィンは執務室で真剣を振るっていたのだ。

「お、おやめくださいっ! エルウィン様!」

シュミットは慌てて叫んだ。

「何だ? 折角鍛錬していたのに……何故文句を言う?」

いつにもまして迫力のある視線でジロリとエルウィンは睨み付けると、剣を鞘に納めた。

「当然ではありませんか。机の上をご覧になりましたか?」

シュミットが指した執務室の机の上はエルウィンの剣の素振りで書類があちこちに散らばっている。

「あ~これはまだ決済が済んでいない書類では無いですか……あ! これは国王陛下からの伝文ですよっ!」

「フン……陛下からの手紙など、どうでも良い。夫婦仲はどうだ? 等下らない事を書いてきているので、暖炉にでもくべてやろうかと思っていたところだ」

エルウィンは髪をかき上げると、ドサリとソファに座った。

「何を仰っているのですか? 陛下からのお手紙であれば、きちんと返事を書かなければならないではありませんか?」

「なら、何と書けばいいのだ?はい、うまくやっております。と嘘でも書けと言うのか?それとも、妾腹の妻などいらないので城から追い払いました。なので何もわかりませんとでも言えば良いのか?」

エルウィンはイライラした様子でシュミットを睨み付けた。

「いけませんよ……そのような事を書かれては。第一ステニウス伯爵家はミレーユ様と偽って、その女性をこの城によこされたのですよね?王家ではその事実を御存じないのでしょう? 絶対にそのような事は書いてはなりません」

「だったらシュミット。お前が陛下と文通をすればよいだろう!」

「ぶ、文通って……」

「どうせ陛下だって誰かに代筆させているんだ。俺が自らペンを取る必要はあるまい」

そしてエルウィンは立ち上がると、窓へ向かって歩いて行く

空はどんよりとした灰色で覆われている。

「……今夜あたりから雪が降るかもしれないな……」

エルウィンはポツリと呟いた。

「そうですね……」


そしてエルウィンの予想通り……その夜から雪が降り始めた。

『アイデン』地方の長い冬がついに始まったのだ――