「何だってっ!? 大将がランベール様と出くわしてしまった!?」

「ああ。そうなんだ。全くタイミングが悪いったら……。いや、その前からタイミングが悪かったな。何しろエルウィン様は朝早くから食料加工場へ行ってしまわれていたのだから。しかもその前にランベール様が連れて来たあのメイド達ともすれ違ってしまったようだし」

シュミットは書類に目を通しながら執務室にやってきたスティーブに説明する。

「はぁ!? まさか彼女達にまで鉢合わせしてしまったのか!?」

「そのようだ」

書類にサインをするとシュミットはため息をついた。

「参ったな……。彼女達に罪は無いだろうが、ランベール様が連れて来たおかしなメイドのせいでこの城でエルウィン様とランベール様の派閥が出来上がってきている。エルウィン様の父上が生きておられたらこんな事にはなっていなかったかもしれないし……。しかもランベール様は娼婦まで連れていたんだろう?」

「本当に嘆かわしい事だ。ランベール様はこの城を何だと思っているのか……しかもこれから越冬期間に入る。ますます混乱が起きそうで憂鬱になってくる」

「……だからこそ、尚更大将はアリアドネをこの城から追い出したかったのだろう。でも、ある意味俺にとってはラッキーだったかもな」

スティーブが口元に笑みを浮かべるのをシュミットは見逃さなかった。

「スティーブ……今のは一体どういう意味だ?」

シュミットは仕事の手を止めるとスティーブに尋ねた。

「え? 言葉通りさ。だって大将はもうアリアドネに興味が無いんだろう? だったら俺にもチャンスがあるかなって思っただけさ。あんな気立てが良くて、おまけに美人。きっと良い嫁になるだろうに……そう思っただけさ」

スティーブはテーブルの上に置かれたティーカップのお茶を飲み干すと席を立った。

「よし、行くか。邪魔したな」

そして扉を開けて出て行こうとする。

「……待て。スティーブ」

シュミットは両手を組み、顎を乗せた。

「うん? 何だ?」

振り向くスティーブにシュミットは口元に笑みを浮かべると尋ねた。

「今……何所へ行こうとしていたんだ?」

シュミットのその目は笑っていない。

「え? あ……それは…」

狼狽えるスティーブ。

(な、何だよ。こいつ……妙に迫力があるな……)

「……まさか、食料加工場へ行くつもりじゃないよな?」

「え!?」

その言葉にスティーブの肩がビクリと動く。

「……で? どうなんだ?」

答えないスティーブに尚もシュミットは迫る。

「そ、それは……」

「それだけじゃない。アリアドネ様はエルウィン様の妻となるべく、この城へやって来られたお方だ。それなのに呼び捨てにするとはどういう事なんだ?」

シュミットはスティーブがアリアドネを図々しく呼び捨てにしている事が気に入らなかったのだが……次の言葉にショックを受ける。

「だって彼女の方から言って来たんだぜ? 『どうか私の事はアリアドネ様では無く、アリアドネと呼んで下さい』って」

「何だって!? まだアリアドネ様がこの城に来られて3日しか経っていないのに、もう個人的にお会いしているのか!?」

気付けばシュミットは椅子から立ち上がっていた。

「何だよ、そんな驚く事かぁ? この間偶然洗い終わった洗濯物を重そうに運んでいる姿を見つけたから、俺が代わりに持って洗濯干し場まで運んでやっただけだぞ。その時に彼女と話をして、その流れで名前の呼び方と話し方について彼女から要望が出たんだよ。名前は敬称無しで、敬語も使わないで下さいって」

「……そうか」

(まさか俺の知らない間にスティーブがアリアドネ様と接近していたなんて……)

「もういいだろう? それじゃ俺、そろそろ行くからさ」

「だから何所へ行こうって言うんだ?」

「そ、それは……」

「食料加工場か?」

「……ああ」

ついに観念してスティーブは返事をする。

「俺も行こう」

シュミットは椅子に掛けてある上着を羽織った。

「はぁ!? 何でだよっ!」

「アリアドネ様に少し話があるからな。ほら、行くぞ。エルウィン様に見つかる前に」

「わ、分ったよっ!」

こうしてシュミットとスティーブはアリアドネの元へと向かった――