「で、ですが……」

シュミットはあまりにも突然のアリアドネの申し出に驚いた。まさかこの城に使用人として置かせてもらいたいと願い出てくるとは思いもしていなかった。

けれどアリアドネは真剣な目でじっと自分を見つめてくる。

「まさか本気なのですか?」

「はい、本気です。お願いです。私をここの使用人として、置いて下さい」

「ですが……」

尚も言い淀んでいると、再びヨゼフも頭を下げてきた。

「どうか私からもお願いします。アリアドネの望み通りにしてやって下さい。幸いにも辺境伯にはアリアドネの顔は見られておりません。仮に何処かで2人が顔を合わすような事になったとしても、辺境伯にはアリアドネだとバレてしまうことはありません」

「……確かにその通りですが……しかし……」


シュミットはアリアドネとヨゼフに関して負い目がある。本来であれば2人の望む通りに下働きの使用人として城に置いてあげるのが筋なのだろうが、それでもまだ迷いがあった。

(自分が安易に国王に報奨金とステニウス伯爵令嬢を貰い受けると書簡を送ったばかりにアリアドネ様とヨゼフさんがエルウィン様に城から追い出される羽目になってしまった。だが、この城の生活はアリアドネ様にはきついと思うのだが……それに……)

シュミットには更にもう一つ、心配事があった。それはアリアドネがこの城に似つかわしくない程に若く、美しい女性であるという事であった。

この城の騎士の中には昨日アリアドネに無礼を働いた部類の粗暴な騎士達も僅かながらいる。その様な不逞の輩が存在する場所にアリアドネを置いても良いのだろうか?

(アリアドネ様の様に人目を引くような美貌の女性がこの城にいて、果たして無事でいられるかどうか……)

自分が常に目を光らせていられれば良いのだろうが、あいにくそうはいかない。何故なら事務処理が苦手なエルウィンの補佐と言う重要な役割がシュミットにはあったからだ。

(やはり……難しいだろうな……)

「ですがアリアドネ様。この城には騎士でありながら、昨日あなた方に無礼な振る舞いをした輩もおります。その様な者たちがいる場所で暮らすのは危険だと思うのです」

「それは……」

途端にアリアドネは意気消沈してしまい、俯いてしまった。

「アリアドネ……」

そんな彼女をヨゼフは気の毒そうに見つめる。

(エルウィン様がアリアドネ様の立場をはっきり皆の前で宣言してくれれば、身の安全を保証する事が出来るのに……。だがそんな事は不可能だ……)

シュミットはテーブルの上で組んだ両手に力を込めた。


するとその時――

「いいじゃないか、シュミット。この2人を城に置いてやれよ」

扉の奥から声が響き渡ると同時に部屋の中にスティーブが現れた。

「スティーブッ! お、お前、いつからそこに!?」

シュミットはいきなり現れたスティーブに驚き、立ち上がった。

「あ……」

部屋に入ってきたスティーブにアリアドネは見覚えがあった

(あの方は確か昨日門番に掴まった私を助けてくれた方……)

「アリアドネ……あの方はもしや……」

ヨゼフも気づいたのだろう。アリアドネに声をかけてきた。

「ええ、あの方は……」

戸惑うアリアドネとヨゼフを前にスティーブは頷いた。

「いつから俺がここにいたかって? 最初からいたさ」

「何だって? 最初からだって?」

シュミットは眉をしかめた。

「ああ、そうさ。お前がこの方達を連れてここに向かっているのを偶然目にしたから後をつけてきたのさ」

「……盗み聞きとは達が悪いな……」

「別に盗み聞きするつもりは無かった。只、中に入るタイミングを図っていただけだ。別にいいんじゃないか? こんなに頼んでいるんだから城に置いてあげたって。大体こんな事になってしまったのは俺たちのせいでもあるわけだし」

「だが……」

「俺が奴らに言い聞かせる。もし御令嬢やご老人に無礼な働きをしようものなら、この俺が許さないとな。もし少しでも昨日のような行いをすれば厳罰に処してやる。どうだ?」

「それは……」

(スティーブはアイゼンシュタット城の将軍。彼の言う事なら連中も素直に従うかもしれない……)

「なら、スティーブ。アリアドネ様とヨゼフさんの身の保証を約束してくれるのだな?」

「ああ、勿論だ。騎士に二言はない」

「当然エルウィン様には内緒だぞ?」

「それくらい分かっている。当然だろう?」

「なら、お前にお2人を頼む」

スティーブの提案をシュミットは承諾することにした。

「よし、決まりだな」

スティーブは頷くと、次にアリアドネとヨゼフの方を振り向いた。

「私はこの城の騎士団長のスティーブと申します。アリアドネ様、ヨゼフさん。我々はあなた方を歓迎致します。これからよろしくお願い致します」

そして2人に笑みを浮かべた――