その頃、アリアドネは――

「何だってっ!? 今日から専属メイドになるだってっ!?」

午後の仕事で同じ作業場に配属されたダリウスが突然大声をあげた。
その声があまりにも大きかった為、周辺で作業している人々の視線が一斉に2人に集まる。

「ダリウス、あまり大きな声を挙げないで? 私達とても注目されているわ」

糸紡ぎをしながらアリアドネは小声でダリウスを注意した。

「あ……ご、ごめん……。ただあまりにも驚いて……」

綿から不純物を取り除くカーディング作業を行っていたダリウスは戸惑いながら謝った。

「そうよね……戸惑うのも無理はないわ。私自身驚いてるし、マリアさん達も驚いているもの」

アリアドネはため息をついた。

「アリアドネ、ため息をつくってことは、本当は専属メイドなんてやりたくはないんだろう? どうしても断れないのか?」

「別にやりたくないわけではないのよ? ただ私のような者が、あのお2人の専属メイドになるなんて自分に務まるか自信が無いのよ」

スピンドルに糸を巻き付けながら、再びアリアドネはため息をつく。

「アリアドネなら専属メイドを務められるとは思うが……でも俺は反対だ」

ダリウスは作業の手を止めることなく話を続ける。

「でもどうしてそんなに反対するの?」

アリアドネはメイドの仕事は別として、ミカエルとウリエルのことは可愛らしい子供だと思っていた。

(専属メイドになるかどうかは別としても、お2人とは仲良くなってみたいわ)

そんなアリアドネの心の内に気付いたのか、ダリウスが険しい顔になった。

「まさか専属メイドの仕事、本当は受けたいと思っているのか?」

「そうは言っていないけれども……ただ、ミカエル様とウリエル様は可愛らしい方達だと思っているわ」

「いいか? アリアドネ。2人の父親が誰か忘れたわけじゃないだろう? あの好色男だったランベールの息子たちなんだぞ? 自分がどんな目に合わされそうになったのか覚えているだろう?」

ダリウスの声が徐々に大きくなっていく。

「別に忘れたわけでは無いわ。だけどミカエル様とウリエル様には関係ない話じゃないの?」

流石にその言い方は無いのではないのだろうかと思ったアリアドネは反論した。

「俺が話しているのはそのことだけじゃない。大体この城には越冬期間の間、娼婦が滞在しているだろう? それどころか一部のメイドたちは娼婦まがいのことをして兵士や騎士たちの夜の相手をしているじゃないか? 専属メイドになるっていうことは、そういう最低な奴らと同じ城で暮らすってことになるんだぞ? また危険な目に遭っても構わないのか?」

益々語気を強めるダリウス。

「そ、それは……」

アリアドネは言葉につまる。

「もし2人の専属メイドになったら君まで同じ類のメイドだと思われて、よからぬ者達に襲われたらどうするんだ?」

「ダリウス……」

真剣な表情でアリアドネを見つめてくるダリウス。

その時――


「ふ〜ん……そこまでアリアドネの身を案じているわけか? 随分心配性だな? それとも個人的にアリアドネに思い入れがあるからなのか?」

「え?」

驚いて振り向いたダリウスの目に、腕組みをしたスティーブの姿が映った――