ゾーイがミカエルとウリエルの侍女を解任されてから、早いもので5日が経過しようとしていた――


 その日の朝、アリアドネは仕事場で機織作業を行っていた。

キィ~
カタン
キィ~
カタン

足踏み機織り機で織物をしていると何者かが近づいてくる気配を感じ、アリアドネは顔を上げた。
すると今まで見たことも無い、まるで少年のような若い騎士がすぐ傍に立っていた。

金の髪に青い瞳。美しい顔の騎士はじっとアリアドネを見おろしている。

「あ、あの……何か私にご用でしょうか?」

無言のまま、あまりにも凝視してくるのでアリアドネは恐る恐る尋ねた。すると騎士はようやく口を開いた。

「オズワルド様がお呼びだ。すぐに連れてくるように言われている。今から一緒に来てもらう」

「え……?」

(だ、誰……? オズワルド様って……?)

けれどこの城で下働きと言う、一番身分の低い立場のアリアドネには騎士の言葉に歯向かうことが出来ない。

「は、はい……分かりました……」

アリアドネは椅子から立ち上がった。

「ついて来い」

騎士はアリアドネを一瞥すると背を向けて歩き出した。そして項垂れて、ついて行くアリアドネ。
そんなアリアドネをマリアやセリア達が心配そうに見つめているが、彼女たちも口出し出来ない立場にあるのだ。



 城へ続く地下通路に差し掛かった時……。

「待てっ! 彼女をどこへ連れて行く!?」

背後から声が地下通路に響き渡った。

「ダリウスッ!?」

アリアドネは驚いて振り向いた。

「……」

一方の若い騎士もゆっくりと振り向き、無言でダリウスを見る。感情のこもらない冷たい顔は見る者に美しくも恐ろしさを感じさせる。

「お前……一体アリアドネを何処へ連れていくつもりだ?」

ダリウスは騎士を睨みつけた。

「お前には関係ないだろう?」

「いや! 関係ある! 俺たちはあの作業場で一緒に働いている仲間だ! その仲間が連れ去られるのを黙って見ていられるはずが無いだろう? 早く彼女を返せっ!」

「ダリウス……」

アリアドネは青ざめた顔でダリウスを見た。別に騎士から拘束されているわけでもないので、無理やり連行されているわけではない。しかし、この騎士には何か言いようの無い迫力があり、言いなりになるしかなかったのだ。

すると騎士は無表情のまま、口を開いた。

「お前はダリウスだな? 越冬期間をアイゼンシュタット城で過ごす為にやって来た領民だろう? そして本来は城主の妻となる立場であったこの女を色々と気にかけている……。さては恋心でも持っているのか?」

「な、何だとっ?」

ダリウスが一歩前に進み出ようとした時……。

「動くな」

チャキッと金属音の小さな音が鳴り、驚いたことに騎士はダリウスに小銃を向けていた。

「「!!」」

あまりにも突然の騎士の行動にアリアドネとダリウスは息を飲んだ。

「そこから一歩でも動けば引き金を弾く」

騎士は顔だけではなく、声にも感情が宿っていなかった。

(いけない……! この人は……ほ、本気で撃とうとしているわ……)

アリアドネにも感じ取れるほど、騎士の身体からは殺気がにじみ出ていた。

「ダリウス……私なら大丈夫だから貴方は仕事に戻ってくれる?」

「し、しかし……」

ダリウスはアリアドネを見た。

「早く行け。あの方は待たされるのが大嫌いなのだ」

騎士の言葉にダリウスは従うしかなかった。

「わ、分かった……」

悔し気に返事をするダリウス。
何故なら歯向かえばアリアドネにも銃を向けるかもしれないと思ったからだ。

「なら早くここから立ち去れ」

騎士は今も小銃を構え、ダリウスに狙いを定めている。

「……くっ……」

ダリウスは悔しそうに下唇を噛むと踵を返し、仕事場へと戻って行った。

「……」

その後姿を黙って見つめていた騎士はやがて口を開いた。

「では行くぞ」

「は、はい……」


こうしてアリアドネはオズワルドの元へと連れていかれる。

彼の忠実な下僕、ロイによって――