翌朝7時。

オズワルドが私室で朝食をとっていると扉がノックされた。

――コンコン

「一体誰だ? こんな朝から」

オズワルドは不機嫌そうに席を立つと扉越しから声をか「けた。

「誰だ?」

『私です。ゾーイです』

「ゾーイか?」

扉を開くと、青ざめた顔のゾーイが立っていた。その表情を見たオズワルドはすぐにピンときた。

(こんなに朝早くから訪ねてきて、顔色も青ざめている……と言うことは恐らく夜這いが失敗したのだろう)

「あ、あの……朝早くから申し訳ございません……オズワルド様に報告したいことがございまして」

ゾーイの目は赤く、まるで泣きはらしたかのような目をしている。

(全く面倒な……)

「入れ」

扉を大きく開け放つと、ゾーイはオドオドした様子で部屋の中に入ってきた。

「……今朝食の最中だったのだ。私は予定を変更されるのが大嫌いでな。このまま食事をさせてもらうぞ」

オズワルドは無表情で再び席に戻ると、上品な手つきで食事を口に運び始めた。

「はい、私の方は少しもかまいません。元より、このような時間に尋ねてしまったわけですから」

ゾーイはドレスをギュッと握りしめた。

「……そうか。それで要件は何だ?」

「はい! 勿論昨夜のことです!」

ゾーイは急に勢いづいてきた。

「オズワルド様、一体どういうことなのですか? 昨日仰いましたよね? エルウィン様に媚薬入りのワインを差し入れたと。その媚薬はとても強力なので、絶対に争えないと。もしや本当は媚薬など仕込まなかったのではありませんか!?」

オズワルドは厚切りベーコンを切り分けながら眉をしかめた。

「一体お前は何を言っておるのだ? 時間の無駄だ。結論から話せ」

何が昨夜起きたのか位、おおよその検討はついていた。しかし、オズワルドはあえてゾーイに説明させることにした。

「昨夜エルウィン様のベッドに潜り込んでおりましたが、とても激怒されて挙句に『汚らわしい』と言われ……お、追い出されてしまったのです……! もう二度と自分の前に姿を見せるなと言われました!」

そしてゾーイは泣き崩れてしまった。

「ふむ……そうか」

オズワルドは動じることなく、料理を口に運ぶ。

(まぁ、あの潔癖症のエルウィンの事だ……。大方拒絶されるとは思っていたがな。と言う事は差し入れのワインはやはり飲まなかったのだろうか……)

すると、ゾーイは顔を上げると今度はオズワルドに食って掛かった。

「オズワルド様! どういうことなのですかっ!? エルウィン様に本当に媚薬入りワインを差し入れたのですよね!?」

「当然だ。私は約束は守る男だからな」

最後の料理を口にしたオズワルドはゾーイをジロリと睨みつけた。

「それともお前はこの私が嘘をついているとでも?」

「! い、いいえ……。決してそのようなことは……」

ビクリと肩を振るわせ、ゾーイは俯く。

「それならば恐らくエルウィン様はワインを飲まなかったのではないか? しかし、どのみちもうお前はエルウィン様からの寵愛を受けるのは不可能だ。諦める事だな」

「そ、そんな……! 私はエルウィン様のことをこんなにもお慕いしているのにですか!? お願いですっ! 私、あの方を諦めたくないのですっ!」

「うるさいっ! いい加減にしろっ! お前は失敗したのだっ! さっさとこの部屋から出ていけ! どうしても諦められないのなら、もう一度お前の方からエルウィン様に近づけば良いだろう!」

「!」

滅多に感情を露わにしないオズワルドの怒声に驚いたゾーイは泣きながらオズワルドの部屋を飛び出して行った。

「全く……鬱陶しい小娘だ」

椅子の背もたれに寄り掛かるとオズワルドは考えをめぐらした。

(恐らく、ゾーイは侍女の座を解かれて使い物にならなくなるだろう……しかし、まだ幼いミカエルとウリエルには侍女が必要だ……誰か適任者は……)

そこで、オズワルドにある考えがひらめいた。

(そう言えばランベールが目を掛け、エルウィンが気にかけている娘がいたな……。あの娘の素性を調べてうまく利用できれば……)

そこでオズワルドは机の上に置いたベルを鳴らした。

チリンチリン

するとすぐに1人のフットマンが部屋にやってきた。

「お呼びでございましょうか? オズワルド様」

「ああ。お前に調べて欲しいことがあるのだ」

そしてオズワルドは不敵な笑みを浮かべた――