10月半ば――

 レビアス王国からリカルド2世の命を受け、3人の使者がアイゼンシュタット辺境伯の城を訪れた。


「全く……。何と言う事だっ!」

シュミットは知らせを聞きつけ、急ぎ足で謁見の間へと向かっていた。彼等がこの領地にやってきた理由は事前に3日前に伝書鳩より知らされていた。

内容はエルウィンがステニウス伯爵令嬢を娶る事を約束したので、報奨金の1億レニーを近々届けさせると言う内容であった。
だが肝心のエルウィンは、一切の事情を知らない。まさか自分の預かり知らないところで婚姻の約束が交わされているなど夢にも思っていない。

エルウィンに、ステニウス伯爵令嬢の件を耳に入れさせるわけにはいかない。
そこでシュミットはエルウィンをうまく言いくるめて領地巡りに行かせたのである。今は城を開けていたが、いつ戻って来るかは不明であった。

(何としてもエルウィン様が城に戻ってくる前に、使者の方々にはお帰り頂かないと……!)

シュミットは、さらに足を速めた――


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「お待たせ致しました」


シュミットが謁見の間に姿を現すと、2人の騎士に囲まれた1人の身なりの良い年配の男性が椅子に座って待っていた。彼等はシュミットを見ると立ち上がった。

「お待ちしておりました。私は国王陛下の補佐官を務めております。この度は陛下の代理人としてアイゼンシュタット辺境伯に先のカルタン族の侵攻を食い止めた報奨金としての1億レニーをお届けに参りました」

「それはまことにありがとうございます。私はエルウィン様の執事を務めておりますシュミット・アクセルと申します。失礼して掛けさせて頂きます。どうぞ皆様もお掛け下さい」

シュミットは頭を下げると、オーク材の木製テーブルを挟んで3人の向かい側の椅子に座った。
卓上にはブリキ製の大きなケースが置かれている。

「こちらが報奨金の1億レニーでございます」

補佐官はケースの蓋を開けて、中を見せた。そこには金貨がぎっしりと詰められている。

「……枚数を数えられますか?」

補佐官は尋ねた。

「いいえ、大丈夫です。今まで一度も不足した事はございませんので」

シュミットは冷静に返事をするものの、内心は焦りで一杯だった。

(どうか早く帰ってくれ! エルウィン様に出会ってしまえば、絶対にステニウス伯爵令嬢の件を尋ねられてしまうに決まっている!)

そして今更ながら、スティーブの言う事を安易に受け止めて書簡を国王陛下に出してしまった事を激しく後悔していた。

「ところで城主であらせられるエルウィン様はどちらにおいでなのでしょうか?」

ついに恐れていたことを尋ねられてしまった。

「はい。エルウィン様はもうすぐ厳しい冬が近付いてくるので領地を回っております」

(だからどうかお帰り下さい!)

シュミットは心の中で願ったのだが……次の瞬間我が耳を疑う事になる。


「成程、そう言う事でしたか。確かにこちらはじきに厳しい冬がやって参りますからね。なのでエルウィン様は迎えを出さずに、ステニウス伯爵令嬢がご自身でこの領地を目指していると言う事でしたか。半月前に旅立たれたそうですから11月になる頃には到着されるでしょうね」

「えっ?!」

(何だって? そんな話は聞いていないぞ。エルウィン様には内密でこちらからこっそり迎えを出そうと思っていたのに……!)

「どうかされましたか?」

補佐官の男性は不思議そうに首を傾げる。

「い、いえ。何でもありません」

内心冷や汗をかきながらシュミットは返事をする。

「それでは我々はこれで失礼致します」

補佐官の男性が立ち上がると、左右に座っていた騎士も無言で立ち上がる。

「出口まで送らせて頂きます」

シュミットは立ち上がると笑顔を作った――


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 城の出口まで見送りに出たシュミットは馬車に乗り込んだ補佐官達にお礼を述べた。

「本日は、まことにありがとうございました」

「いえ。それではステニウス伯爵令嬢の事よろしくお願い致します。あの方は陛下の遠縁の親戚にあたるお方なので」

馬車の窓から顔を出した補佐官がシュミットに願いででてきた。

「はい、勿論承知しております。それではお気をつけてお帰り下さい」

シュミットが馬車のドアを閉めるのを合図に、補佐官達を乗せた馬車はガラガラと音立てて走り去って行った。

その様子をシュミットが顔を青ざめさせながら見送っていたのは言うまでも無い――