「雪菜、ちょっと話があるんだけど。」
病室に戻るとお母さんがドアを閉めながら真面目な声で言った。
 私はソファーに座りながら「何?」と聞いた。
「冬馬と葉月にこの話をするか。
 お父さんにも相談したんだけどね、冬馬には言った方がいいかもしれないけど葉月には言わない方がいいって。やっぱり葉月はまだ小学生だし、理解できないとはお母さんも思う。でも、これは雪菜の問題だから雪菜に任せる。どうする?」
「どっちにも言わないでほしい。」
即答だった。これは言おうと思っていたことだ。どうせ治るなら余計な心配事増やす必要ないし、私もそっちの方が楽だ。
「そう。いいんだけど、もう少し考えてみたら?きっとこれから不自由なことも増えてくると思う。第一、この入院のことはどういうの?」
 お母さんは少し驚いたようだったけど、落ち着いた口調で言った。
 ちょっとイラついた。私に任せるって言ったくせにやっぱりこうなる。
「そんなこと言ったら、葉月にも言わなきゃでしょ?この入院は検査のためで何もなかったって言えばいいよ。まず、病気かもわかんないし。分かったらまた考えればいいでしょ?」
 声が荒くなりそうになるのを抑えてそう言った。
 この状況で喧嘩はしたくない。
「そっか、分かった。」
 お母さんは意外にもすんなりそう言った。
 お母さんも同じくこの状況下で喧嘩などしたくないのだろう。
 「じゃあ、お母さん仕事行ってくるから。石原先生が様子見てくれるって言うから。じゃ、いい子にしててね。」
 子供じゃないんだからと言おうとしたけどその前に出ていってしまった。

 「雪菜ちゃん、今暇だったらちょっと話してもいいかな。」
 お母さんが仕事に行ってから10分ほど経って石原先生がドアから顔を覗かせた。
 頷くと私の向かいにあるソファーに座った。
 「雪菜ちゃんはさ、趣味とか特技とかあるの?」
座るや否や先生は早くもそう言う。
「趣味も特技もテニスです。でも、運動できなくなりますよね。調べたんです。心臓病でも運動できるか。無理でした。だから、趣味も特技も何もできなくなっちゃいます。」
 事実だった。運動できなくなるなんて聞いていなかったけど、前から部活もしていなかったし、運動できないことなんてわかっていた。
 「あー、そっか。それならさ、新しく好きなことつくっみたら?」
 ちょっぴり驚いた。趣味や特技ができなくなるって言ったら気まずくなると思っていたから。
 でも、石原先生の反応は真逆で笑顔で言ってきた。
 そんな先生の態度にすごく好感を抱いた。
 「好きなことをつくる?」
あまり聞き慣れない言葉だったから私は聞き返した。
「うん、だってこれから運動できない期間、長いよ?運動以外にもやりたいことないと退屈じゃない?」
 運動できない期間が長い。そんなことを先生は平然と言った。
 でも、それはそうだ。私にはテニス以外にやっていて楽しいと思うことが全くないから暇な時はテニスの練習か友達と話すくらいだった。
「うーん、例えばなんかありますか?」
しばらく考えていても思い浮かばず、仕方なく先生に聞く。
「そうだなぁ、読書とか書くでもいいし、絵を描くとか写真を撮るとか。ほら、なんか家でパパッとできること。」
 先生はニコッと笑った。
 随分とポジティブな人だなと思った。