しばらくしてお母さんが入ってきた。
 私はもう何も聞きたくなくて頭からタオルケットをかぶり、耳を塞いでいた。
 「雪菜!」
耳を塞いでいる私にもその声はよく聞こえた。
 お母さんだ。タオルケットから顔を出し、起き上がる。
 「雪菜、大丈夫なの?ごめんね。お母さん、早く病院に連れていけばよかったね。」
 お母さんは涙ぐんでいた。そこで私は悟った。なにか、悪いことが起きている。
 「お母さん、私まだ何も知らない。何が起こったの?ねえ、なんか悪いこと起こったの?」
 じっとしていられなくてお母さんに聞く。お母さんは俯いて、何も言わない。
 先生からの話を聞くしか無かった。

「恐らく肥大型心筋症です。」

 そう言われたのは診察室だった。
 お母さんが病室に来てから、5分ほど経って私たちは診察室に呼ばれた。
 そこにはお父さんと同じくらいの歳のお医者さんがいて、お母さんは悲しそうに私を見つめていた。
 分かっていた。きっと悪いことだなと。でも、それを無視していたんだ。
 息切れがするようになってから、倒れてから、田村先生に病院に行った方がいいかもしれないと言われてからも。
 ずっと分かっていたけれど、わざと無視した。怖かったから。本当のことになるのが怖かったから。
 昨日調べていたけど、必死に記憶から消そうとした。
 買い物に行く前、その記事を目にしてしまって忘れようとした。
 でも到底、無理だった。


 動悸、息切れなどの症状は心臓病だと考えられます。


 その記事が頭から離れなかった。
 だから、倒れた時、死ぬかもしれないって思った。 生きていることが嬉しかった。
 でも、先生の言葉でその嬉しさは消え去った。
 「雪菜さんは恐らく肥大型心筋症です。」
 診察医の岩本先生がそう言った。私と面と向かって、やけに落ち着いた口調で。
 それが腹立たしく思ったのはきっと悔しかったからだろう。
 「落ち着いて聞いてください。
 肥大型心筋症とは心筋が肥大する病気でこのままいくと心臓が十分に血液を送り出せなくなってしまいます。
 しかし、まだ確実ではないため、これから5日間程度入院してもらい、検査を行います。
 この病気の予後は極めて順調で患者さんの91.5%は5年生きており、81.1%は10年生きています。不整脈が起こらなければ死亡する確率は低いです。
 原因としては恐らく遺伝子の突然変異でしょう。これからは薬の投与で心筋の肥大を抑え、場合によって心筋切除術という心筋の一部を切除する手術、植込み型除細動器の使用を検討します。
 今、いきなり言われてもわからないと思います。まずはこれからの検査に備えましょう。」
 そうして話は終わった。
 全然信じられなかったけど、順調な経過らしいから前よりかはすごく安心できていると思う。
 死なないと分かっただけでも心配事の8割は無くなった。
 ただ話はあっさり終わって、岩本先生は何事でもないかのように席を立って看護師に指示を始めていた。
 当然だ。医者は色んな人にこういう病状を説明している。
 余命宣告も手術の説明も。
 朗報から悲報まで全てを説明している。だから、慣れるのなんて当たり前だ。
 患者はそれをただ受け止める。
 そのまま亡くなっていってしまう人もいるだろうし、生きられている人もいる。
 私は生きられる人なのだ。それに感謝しなければならない。
 それにまだ診断は確定していないのだ。先生の言う通り、明日の検査に備えるしかない。