目覚めてもここがどこだか全くわからなかった。真っ白な天井に真っ白なタオルケット。横を見ると人影が少しぼやけて見えた。
「雪菜ちゃん?起きた?今、お医者さん呼んでくるからね。」
 お医者さんという言葉を聞いて思い出した。
 スーパーに入って、突然真っ暗になって、確か、病院に運ばれた。曖昧ではあるけれど、倒れたことははっきりと覚えている。
 その時、すごく怖かった。学校で倒れた時より何倍も。
 何も兆候がなくて、いきなり死んじゃう人とかもいるから私も死ぬかと思った。
 でも、ある意味幸せな死に方とも思った。
 昨晩に家族でご飯食べに行って、喧嘩もせずに過ごして。
 短い間にこんなにたくさんのこと考えられるんだなあって思った。
 死ぬ時ってこんな感じなのかって初めて感じた。
 目覚めた時、どれだけ嬉しかったか分からない。生きてる喜びはすごい。
 生きてる。嬉しい。喋れるし、考えれるし、笑えるし、泣ける。うん、嬉しい。

 「雪菜ちゃん、ここどこかわかる?」
しばらくしてお医者さんが入ってきた。
「病院…?」
 もうなんとなく理解してたけど、寝ぼけているからか何故か確信はなかったから疑問形になってしまった。
「そう、ここは病院だよ。僕は、雪菜ちゃん担当の石原って言います。昨日、倒れてきたの覚えているかな?」
石原先生は私の胸に聴診器を当てたり、横の心拍数とか書いている画面を見たりしながら問いかけた。
 私は、頷いた。
 「そっかそっか。今、ご家族は学校とお仕事でいなくて、お母さんだけ、外で待ってるから呼んでくるね。少し、待ってて。」
 看護師さんも石原先生も全員病室から出ていった。
 窓が空いていて、涼しい風が入ってくる。
 窓からは街が一望できた。道路には絶えず車が走っていて、川はキラキラ輝きながら流れている。
 全部が生きてるって思った。空には雲が浮かんでいて、風と共に流れていく。
 外の木々は風に揺られて、葉っぱが落ちていく。鳥の声が聞こえて、車の音が聞こえて、子供たちの声が聞こえる。
 普段ならそんなに気にかけないような音が自然と耳に入ってくる。
 いつもならこんなに気にかけたくてもいいような音が自然と耳に入ってきてしまう。
 風が冷たい。
 私はベッドから下りて、窓を閉めた。窓を閉めると外の音が聞こえなくなった。
 無性に寂しい。外の音を聞くとイラつくのに、外の音が聞こえなくなると寂しい。
 時計の秒針の音だけが鳴っていた。
 この大きな部屋にはその音が大きすぎて、響いていた。
 叫びたい気持ちをグッとこらえる。
 時計の秒針は絶えず私を急かしているみたいだった。