街は夏っぽくなってきた。
 本格的に暑くなってきて、夏祭りの用意も少しずつ進められているようだった。
 私ももうすぐ夏祭りシーズンだと思ってとてもワクワクしていた。
 原口先生に全て聞いてもらってからは元気を取り戻していた。
 部活はたまにしかできないし、全力でプレーすることはできないけど楽しみながらできている。
 体調も崩すことなく過ごせている。
 何も気にする事はなかった。いや、気にしたくなかったのかもしれない。
 6月29日。その日は家族で外食をした。
 私には5歳年上の兄、冬馬(とうま)と2歳年下の妹、葉月(はつき)がいる。
 久しぶりに5人揃っての外食でとてもワクワクしていたし、すごく楽しかった。
「あ、そうだ。今度、夏休みに家族で旅行に行かないか。」
ご飯を待っている間、お父さんが口を開いた。前々からこういう話は出ていて、冬馬も葉月も私も今か今かと待ち続けていた。
「行きたい!どこ行くの?いつ行くの?」
葉月が大きな声を出して言った。葉月はいつもこんな感じでとても元気をくれる存在だ。
「でも、雪菜はいいの?ほら、最近、保健室よく行ってるじゃない。体調、大丈夫なの?」
お母さんが言った。
 お母さんはあれから割と心配してくれていて、毎日のように体調のことについて聞いてくれていた。
 原口先生と話してからは全部素直に感謝することができた。
「大丈夫。最近はもう治ったし。行こー。」
私はわざと明るくそう言った。少し気まずい雰囲気になっていたし、みんなに心配をかけたくなかったからだ。
「そっか。それなら全然いいんだけど。どこ行こっか。」
お母さんはそう言って、笑ったけど、お母さんの顔にもお父さんの顔にも心配の表情が浮かんでいた。
「どこ行くの?」
お母さんとお父さんの心配を打ち消すように慌てて言った。その表情を見るのは嫌だった。
 できれば、みんなが笑顔でいて欲しかった。
「そうだなぁ。夏だから北海道とかかな。」
「え、北海道なら函館行きたい!」
葉月はとても乗り気だ。
「私も!」
「俺も!」
みんなの顔から不安の表情がなくなって安心したのはなんでだったんだろう。
 「函館か。いいな。お父さんも行きたいぞ。」
「函館行くんだったら、夜景見たい!」
「夜景いいな。俺も夜景見たい。」
葉月に続き、冬馬もそう言う。
「雪菜は?」
お母さんが聞いてきて私はしばらく考える。
「海。海が見たい。函館じゃなくてもいいから海が見たい。」
海は好きだ。空の次に。空の方が見てて変化があるから楽しいし、いつでも見れる。
 でも、海にも海の良さがある。
 海は近くになくて、その場に行かないと見れない。ただ波が寄ってきて去っていくだけの光景だけど、ちゃんと変化がある。
 太陽の位置によって色が変わって見えるのは楽しい。特に夕日が好きだ。オレンジ色に染まった空と一体となって海もオレンジ色に染まる。
 海っていうのはずっとそばにいるものじゃない。
 海を見る時間を大切に過ごすから楽しい。
 たまに見るから楽しい。
「海か。いいね。函館の夜景と海か。わかった。考えておくよ。」
 お父さんがそう言った。
 海。ただ見るのは嫌だな。
 大切な人と一緒に見たい。
 海みたいなたまにそばにいるんじゃなくていつもそばにいる人と。