それからは特に何も起こらなかった。たまに息切れがしたり、胸が痛くなったりするけど、前よりは気にならなくなった。
 でも私の悩みは尽きなかった。早くこの原因不明の息切れがなくなって欲しかった。
6月18日。登校中、息切れがした。登校中の息切れは初めてだった。その日は美和も鈴ちゃんもいなくて1人で登校していた。登校中はそんなに気にならなかったけど学校に着くと過呼吸のようななんとも言えないような息のしづらさがあって、倒れる前に保健室に寄った。
「先生、ちょっと息苦しいので休んでもいいですか?」
失礼しますも何も言わずに入ってきた私に少し驚きつつも田村先生は「もちろん」と言いながら椅子に座らせてくれた。心臓がバクバクしていた。けど、痛くはなかった。
「ストレスじゃないのかな。なんだろうね。このまま続くようだったら病院行った方がいいかもしれないね。」
息が整い、教室へ行く準備をしていると先生が言った。病院という言葉を聞いてなんだか計り知れない重大さを感じた。頭の片隅で思っていた。病気かもと。私は小さい頃から健康で風邪なんか引かなかったし、健康には自信があった方だ。それなのに夏休みが明けてから保健室へ行ったのは2回。普通のことかもしれないけど、私にとってはとても珍しいことだった。小学生の頃に1回行ったきりだったからすごく不安だった。早めに病院に行った方がいいことは分かっている。でも、部活もできなくなるかもしれないし、学校にも行けないかもしれないと思うととても行く気にはなれなかった。
私は曖昧に返事をしながら保健室を出た。

 朝のホームルームが終わり、1時間目までの時間に教室に入った。1時間目は移動教室だったようで教室には誰もいなかった。
 席に鞄を置き、荷物を整理する。
 ふと、空を見ると真っ青で久しぶりな気がした。
 最近は少しずつ雨が降るようになってきて降ってなくても曇り空が多かった。
 どこを見ても雲ひとつなくて、とっても綺麗だった。

 「雪菜、来てたの?」
突然声が聞こえてきてびっくりしてドアの方を向くと音楽担当の原口先生が立っていた。
「はい。おはようございます。」
時計を見るといつの間にか9時。もう授業が始まっている。
 ずっと空を眺めていてチャイムにも気づかなかったようだ。
「なんか最近、元気ないよね。どうした?」
先生が近くの席に座った。
 確かに最近、元気がなかった。何をしてもどうしてもあのことが頭から離れなくていつも不安と隣同士だった。
「いや、なんか別に大したことじゃないんですけど。倒れた日からなんかその事が頭から離れなくて。ストレスかなとか暑さかなとかって思ってるけど、どうしてもそう思えなくて。
 みんな、大丈夫?とか無理しないでとか言ってくるけど、正直迷惑で。おかしいですよね。ていうか酷いと思います。せっかく心配してくれてるのに、迷惑とか。」
もうこんな風に話したら止まらなくなってしまった。
「大丈夫なら倒れなんかしないじゃないですか。無理もしてないのに無理しないでとか何もしようがないじゃないですか。
 心配してくれるのはありがたいって思うのに、どうしても素直に感謝できなくて。
 そう思ってる割に大丈夫って答えちゃうし。でも本当は助けて欲しくて。大丈夫じゃないって言いたいんです。」
先生の前で泣くなんて先生も迷惑なはずだけど、もう涙が止まらなくて言葉も止まらなかった。
「病院連れてけとかそういうんじゃないんです。ただ、助けて欲しい。怖いんです。いつ何が起こるかわかんなくて対策のしようもなくて、部活も行けなくて。今日なんか登校中に息切れちゃって運動不足とかその程度じゃないじゃないですか。なんかもう何もできなくなりそうで怖い。どうしたらいいのか分からない。どうしたらいいんですか。」
先生はずっと相槌を打ってくれていて頷きながら聞いてくれて、嫌な顔ひとつせずに話を聞いてくれた。
「そうだよね。怖いよね。残念だけど、先生にもどうしたらいいかは分からない。でも、みんなが言う通りだと思うよ。無理しないで。先生はみんながただ決まり文句みたいに無理しないでって言ってるわけじゃないと思う。全員それぞれの思いを込めて無理しないでって言ってるんだと思う。先生はこうやって溜め込んで欲しくないから言ってる。全部吐き出していいんだよ。雪菜は助けてって言いたいんだよね。なら言えばいいよ。友達でも親でも先生でもいい。誰でもいいから1人で溜め込んだらダメ。それが1番ダメなこと。」
先生はそう言って落ち着いたら授業行っておいでと教室を出ていった。
 顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
 全部吐き出してしまうととてもスッキリした。
 私にも力になってくれる人がいるんだって、味方がいるんだって何だかほっとした。