「雪菜〜。来たよ。」
病室に入って最初に声をかけてくれたのは冬馬だった。私はベッドに座ってずっとスマホを見ていたから少しびっくりして顔を上げる。
 「あ、おはよう。」
 少し遅いけど、朝から会ってなかったから一応挨拶をしておく。
 「いや〜、雪菜が病気だって聞いて驚いたよ。」
 「ごめんごめん。そんなに深刻な病気でもなくてすぐ治ると思ってたから。」
 冬馬も葉月もそんなに怒っている感じはなくて普段通りではないけど、違和感があるわけでもなかった。
 「雪姉、ごめんね。なんか葉月たちで観光しちゃって。」
葉月は少し申し訳なさそうな顔で言う。お母さんとお父さんは察してか何かを買いに行ったらしい。
 「ううん。雪がお母さんに言ったの。せっかく函館に来たんだもん。ちゃんと観光しなきゃ。それにね、さっき先生と少し病院の外に行ったの。海は見たし、外にも出られたから。」
 「あれ、海君は?先生にお乗り換え?」
葉月はそう言って笑う。
「違うよ。そんなんじゃないって。」
私も笑ってそう返す。そんなまさに他愛のない話をして笑い合っているとお母さんとお父さんが笑顔で入ってきた。
 「小腹が空いた時用に色々買ってきた。あ、田辺先生の許可は取ってるからね?」
 お母さんはそう言って私にコンビニの袋を渡してきた。
 「コンビニなんか近くにあったっけ?」
 「うん。田辺先生に言ったら教えてくれたの。ほんとに小さいんだけどこのフロアに売店みたいなのがある。」
行ってみよーと言い袋をサイドテーブルに置く。
 全員がこのベッドを囲んでいて威圧感がすごかった。
 「で、観光はどうだった?」
少し気まずい笑顔を浮かべて葉月が答える。
 「よかったよ。それなりに。雪姉って外出できないの?」
 「おい。」
すぐに冬馬の声が葉月の声に覆いかぶさった。
 「冬馬、いいよ。」
私は咄嗟に冬馬にそう言う。そうやって気遣いされるのがはっきり言って1番辛い。
 葉月はごめんと小声で言う。
 「ううん。気にしなくていいよ。でもたぶん外には出られないかな。先生に聞けばわかるよ。」
 「そっか。え、じゃあ大人になったらまた函館来よ。姉妹旅行。」
「あ、いいね。行こう。」
「え、俺は?」
冬馬は自分を指差しでわらう。
 「女子だけだもんねー?」
私は葉月と目を合わせて笑う。

 「あ、全員おそろいでしたか。」
みんなでのんびり話していると田辺先生が部屋に入ってきた。何か用事があるのかと思えばただ私と話に来ただけらしかった。
 「娘がお世話になって、ほんとにありがとうございます。」
 お母さんが改まったような口調で田辺先生に頭を下げる。
 田辺先生は少し気まずそうな笑みを漏らし、私たちは声を殺して笑う。
 「いえいえ、とんでもない。仕事ですし、雪菜ちゃんと話すのも楽しいですし。」
 「あ、先生。雪姉、戻ったらいるから程々に。」
 葉月はいきなり先生にタメ口でそう言う。
 「ちょっと葉月!先生と雪はそんなんじゃないから。」
 先生に近づいていった葉月を必死に止める。お母さんとお父さんは呆れ顔。
 田辺先生は「そっかー。残念。」とノリにのってくれる。
 私はこういう雰囲気が大好きだ。なんでもないことを話してなんでもないことで笑って、なんでもないことで喧嘩して。
 いつまでも続いて欲しい。