それから海と少しだけ話し、電話を切った。
 その後、すぐにお母さんから連絡が来て、お昼すぎに病院に行くと教えられた。
 昨夜、お母さんは病院に泊まっていると主張して聞かなかったけど、私が冬馬たちのためにも少しは観光しろと言うとすぐに折れた。きっと午前中は冬馬たちと観光をするんだろう。
 悔しいかと言われたら悔しい。羨ましいと言われたら羨ましい。せっかく北海道まで出てきたのに、ずっと病院にいなきゃいけないなんてとんでもない仕打ちだ。これこそ最悪と言って間違いない。
 「コンコン、入ってもいいかな?」
 時計が9時を差した時、田辺先生が病室に入ってきた。結構暇だったから話し相手ができて笑顔ではいと答えた。
 病室は検査入院していた時の病室と違って少し狭くて、左向かいにもうひとつのベッドがあったけど今は誰もいない。
 田辺先生は椅子に座って、何か考え込む仕草をする。
 「えっと、今、言いにきたのはせっかくだから少し観光でもしないかってことなんだけど、どうかな?」
 「え?観光?」
私は驚いてそう聞き返す。
 「うん、せっかくこっち来たのにやっぱり観光できないなんて辛いじゃない?病院の周り歩くだけだけどどうかな。」
 「いや、ここで話そうかなとも考えたんだけど、せっかくならと思って。」
 私が黙っていると言い訳のようにそう言った。田辺先生はいたずらっ子のような無邪気な笑顔だった。
 私はしばらく考えていたけれど医者がそういうならと思い、行くことにした。

 車椅子に乗せられ病院の外に出た私はあっと声を上げそうになるくらいの景色に目を丸くする。
 街のど真ん中にあると思っていた病院は実は少し小高いところにあって、海が見えた。街全体を見渡せるほどの高いところではないけど、十分海は見えた。
 「海だ。」
 海なんか見るのが久しぶりで見れないと思っていたから嬉しさが増す。海に送るようにスマホで数枚写真を撮る。
 「お土産?」
 車椅子を押してくれていた田辺先生が後ろから声をかけてきた。
 「写真ってお土産って言うんですか?まあでもお土産って言えばお土産です。検査入院の時に知り合った子がいて、その子、海が好きなんですけど見れなくて。写真越しじゃあれですけど一応。」
 そう言って私たちはしばらく黙っていた。
 やっぱり海が見えるところは空気が澄んでいて、自然と心が洗われる。今日は快晴だからなおさらだ。
 「先生も病気だったんだよ?」
 田辺先生はいきなりそう言う。
 「え?」
 少し照れくさそうに笑った田辺先生は車椅子を押しながら続ける。
 「生まれつき、心臓に穴が空いている病気だったんだけどね、中学生の健康診断で、引っかかって心臓弁膜症だと診断された。たぶん、言われても分からないよね。まあこれを言いたかったわけじゃなくて、経過は雪菜ちゃんと同じだったってことを言いたい。先生は雪菜ちゃんと同じくらいのときに不整脈になって、一時は確かに死を覚悟したよ。でも、手術でよくなった。雪菜ちゃんは手術もしないで薬でよくなれるんだよ?」
 「だから」と田辺先生は私の前にしゃがみ込んだ。
 「だから、雪菜ちゃん。諦めないで頑張れ。残念だけど、先生から大丈夫って言うことはできないし、絶対死なないって言える訳でもない。でもね、先生が救われたんだから、雪菜ちゃんは絶対救われるよ。応援してるから。ね?」
 応援って。そんな大会とかじゃないんだから。思わず笑みが漏れて、強く頷いた。
 「はい、頑張ります。」
おどけてガッツポーズをしてみせると田辺先生は親指を立てる。
 やっぱり私は周りの人に支えられている。函館だからしばらくはこない。でも、田辺先生に助けられたっていう事実はずっと頭に置いておける。
 「ありがとう、先生。」