翌日、病室で目を覚ましても最初はどこか分からなかった。ただ、海の病室に行かなきゃとだけ思って、起き上がった。
 函館だってわかった途端、悔しさとやるせなさが入り交じった。
 スマホを開く。スマホの画面には海とのトークルームが表示されていた。昨日、海に連絡しようと思って、結局できなくてそのままにして寝てしまったようだった。
 今度こそは連絡しないと。遅くなればなるほど、連絡しずらくなってその分私たちの溝も大きくなっていってしまう。
 結局どうしたものかと思い、1度スマホを閉じる。
 わかってる。連絡しなきゃダメなのくらい1番分かってる。でも、今さらそんなことできるわけがない。連絡がこないということは私に対して何かしら怒っている。いや、私と話したくないってことだ。つまり、函館から帰るのが遅くなると言っても海にしたらなんでもないことになる。いや、でもな…。
 もう頭がこんがらがって考えるのをやめようとした時、スマホに着信がきた。海からのメッセージ。
 『函館旅行、楽しんでる?前はごめん。少し言いすぎた』
 すぐに既読したからか続けてメッセージがきた。
『雪菜がああやって言ってくれたこと、嬉しかった。でも、言い訳みたいになるけど、やっぱり余命宣告されてたらもう生きるとかそういうの見失っちゃうんだ。帰ってきたらまた普通通りに話せたら嬉しい。』
 『前のことは私もごめん。全然わかってないのにわかったふりしちゃって』
 もっとちゃんと話したかったし謝りたかったけど、これ以上先延ばしにしていたら言えなくなるかもしれない。
 私は1度深呼吸をする。
『それで、実は、私倒れちゃって。今、函館の病院にいるの』
そう送ると思わず深く息を吐いた。安堵なのか、自分に呆れているのかは分からない。とりあえず、ひと段落ついたということにしておく。
『え?』
しばらくして返ってきた海からのメッセージはこの一言。きっと理解していないのだろう。
 『不整脈だって。でも、死ぬとかじゃなくてちょっとの間入院するだけ。』
すぐに既読がついたけど、返信はしばらくこなかった。必死に理解しようとしてくれているのが画面越しでもわかる。
 『えっと、それって、何も心配しなくていいってこと?』
 『今のところはね。ただいつまた不整脈が起こるか分からないし、もしかしたら心不全とかになってるかもだって言われた。3日くらい入院して帰るから』
そう送って1度、スマホを閉じた。海が理解するのにはまだ時間がかかる。
 私にもまだ理解する時間が必要だった。いつもと違う景色を眺め、「何も心配はいらない」と言い聞かせる。
 すると、携帯のバイブ音が聞こえ、見ると画面には海とある。何かあったのかと思ってすぐに受話器マークをスライドした。
 「もしもし?」
 「いきなりごめん。ただ、前のことも直接謝りたかったし、雪菜のことについてもちゃんと雪菜から聞きたくて。とにかく、ごめん。前のことは本心じゃないとは言いきれないけど、言いすぎた。ほんとにごめん。」
 やっぱり、文章上で会話するより申し訳なさが伝わってくる。私も慌てて返事をする。
 「ううん。全然だよ。こっちこそごめん。わかってないのに。私も言いすぎた。でも、悪いけど、やっぱり海に生きて欲しいって言うのは変えられない。」
 たとえ何があってもそれだけは絶対に変えられない本心だ。そう言うことで海に嫌われたとしても。
 「うん…。
 それより、さっきの話、どういうこと?」
 海は少し重くなってしまった空気を替えるようにそう聞いてきた。
 「言った通りだよ。今はまだわかんないかもしれないけど、不整脈起こして、病院にいるの。私もまだあんまり状況わかってないの。でも、命に別状はなくて帰ったら治療してくださいって言われた。ちょっと帰るの遅くなるだけだから。心配しないで。」
 私は一気にそう言った。海にそう言ったのはきっと自分を落ち着かせるためでもあったのだろう。命に別状がないって言われてもやっぱり最初に説明してくれた岩本先生の言葉が頭を離れない。
 「不整脈を起こさなければ死亡する確率は低い。」
 不整脈、起こしちゃったじゃん。それで不整脈を起こしたということは少し、死亡する確率が高くなったということ。この病気が一層深刻になった気がする。こんなことならもっと早く体調不良を訴えればよかった。
 残るのは後悔だけ。大体、皆も同じだ。
 「あの時、ああしていれば。」、「あの時、あんなことしていなければ。」
 今、私はそれしか考えられない。
 頭が追いつかなくてよく分からなくて自然と涙が頬を伝う。電話越しの海も静かだった。
 「死」という現実が1歩ずつ私に近づいている気がして怖かった。