夢を見た。
 海と一緒に海を眺めていた。私たちは寄り添って、2人きりの海岸で2人きりの時間を過ごしていた。
 海は前みたいに満面の笑みで笑っていて、屈託のないその笑みで私を見つめる。
 そして私たちは手を取り合って、キスをしようとするんだ。身を寄せあい、唇を合わせようとする。
 私はそこで気づく。海に波が襲おうとしている。見たこともないほど大きい波が海を呑み込もうとしている。
 私は、海に呼びかけようとするけれど声が出なくて。1人逃げた。海はそのままの笑顔で波に呑み込まれそうになる。
 「海!」叫ぼうとする。ダメ、声が出ない。なんで?怖い。海が死んじゃう。海!

 「雪菜?雪菜、大丈夫よ。もう大丈夫。ここは病院だから。」
 その声に目を開ける。顔の前にはお母さんの顔があって、私を優しく見つめている。
 私は夢だとわかって、安心する。息は荒くなっていて、触らなくても額に汗が出ているのはわかった。
 初めて病院に運ばれた時のように白いものばかりの病院は怖かった。
 それでも、と私は思う。それでも、こうして目覚められたことに感謝。また海に会える。
 そうだ、海は?海はどこに?
 「海。海は?海どこにいる?」
起きたばかりだからか私はそんなおかしなことを口にする。お母さんは少し困った顔をしていた。その顔に不安が募る。え、海、死んでないよね?
 「海、生きてる?まだ死んでないよね?会える?」
起き上がろうとしたけど、まだ手に力が入っていなくて断念した。
 「大丈夫。海君は生きてるよ。」
その言葉にどれほど安堵したか分からない。
 「会える?海に会える?」
 「雪菜、まだ函館にいるよ。だから、海君にはまだ会えない。」
 そう言われて気づいた。函館に来て、何日経ったんだろう?
 「え、函館…。冬馬たちは?海とか見た?観光できた?」
「できるわけないじゃない。でも、今はまだ倒れてから6時間くらいしか経ってないから冬馬たちが観光する時間はあるよ。悪いけど、さすがに冬馬と葉月には説明したわ。今、お医者さんに起きたって伝えてくるから。」
お母さんはそう言い、病室から出ていった。
 そっか。まだ、函館に来てから1日目だ。でも、外はすっかり暗くなっていた。6時間も経ったんだから当たり前だ。
 病室から見える景色はいつもの景色と違って、街全体は見下ろせなかった。周りには建物ばかりで海も見えなかった。

 5分ほど経ってから病室にお医者さんが入ってきて、前みたいにモニターを見たり、私の胸に聴診器を当てたりした。
 「大丈夫そうだね。今から病状について説明するので、診察室にお越しください。」
 そのお医者さんは田辺先生と言って、石原先生より少し年上に見えた。
 私に対して話しているというよりかはお母さんに対して話しているみたいだった。

 向かった先は診察室というよりかは相談室のようだった。恐らくは、病状を説明する専門の部屋なのだろう。
 田辺先生は私たちの向かいに座って、タブレットで資料を提示しながら説明を始めた。
 先生の説明によると、私は不整脈を起こした。心房細動っていう直接余命とか寿命とかに関わることはないけれど放っておくと結構ヤバい症状。それを私は結構長い間放っておいてしまって、心不全や脳梗塞になる可能性があるらしい。幸い、今はまだなっていなくて、帰ってから、検査などしてくださいと言われた。
 「このことについてはあっちの病院の方にこっちからいっておくので、戻ったらすぐに動いてくれると思います。しかし、今はまだ倒れて間もなく、またいつ不整脈を起こすかも分からないので、病院で安静にしていてください。3日間ほど入院したら、帰れますので、飛行機など準備しておいて下さい。」
 田辺先生はそう言って、話を終えた。
 不整脈…。確か、最初の説明の時、診察室でお医者さんが言っていた。

 「不整脈を起こさなければ死亡する確率は低いです。」

 『不整脈を起こさなければ』の話であった。じゃあ、不整脈を起こした今は?
 先生は余命については何も言わなかった。関係ないってことだ。
 でも、やっぱり不安だった。これからどうなるのか、帰って何か発覚したらどうなるのか分からなくて、頭の中は相当混乱していたと思う。
 全く何も理解できていないまま、先生にお礼を言い、病室に戻った。電気をつけていない病室は薄暗くて、不気味だった。変に孤独で寂しかった。