夏休みも終わりに差しかかった8月21日。私たち新原家は函館へ発った。
あれから病院に行っていない。連絡も取っていない。海の病室へ行くのはどうしても気が引けた。
連絡して、返事がないという未来しか想像できなくて怖かった。
結局はただの怖がりだ。
その日は、9時の飛行機に乗るために5時に起き、準備してから1時間半かけて空港へ行った。
これから今日、明日、明後日と海に会えなくなる。それだけが心残りのまま、飛行機に乗った。
函館に着いたのは1時間20分後。それから30分ほどかけてタクシーでホテルへ向かった。
「え、なにこれ?」
そう声に出してしまったのは脈が早く感じたからだ。動悸のような息切れのような前に感じた感覚だった。
「どうした、雪菜?」
お父さんが助手席から振り向いてそう聞いてきた。
「ん?ううん、大丈夫。」
笑顔でそう言うとお父さんは少し心配そうな顔で「そうか。」と言い、また前を向いた。
大丈夫だとは思っていない。なんで?そう思った。治療して、よくなってるはずなのに。登校中に息切れとかしなくなったはずなのに。息切れとか動悸とかそんなのしなくなってるはずなのに。どうして?
不安で、怖かったけど、無視した。
今は、旅行を楽しむ。そう決めている。
ホテルに着くと、お父さんがチェックインのため受付の方へ行ってくれて私たちはロビーのソファーに座っていた。
その時、また動悸がした。胸を抑えて、ゆっくりと呼吸をする。
前みたいに自然と治まっていった。
只事じゃないと思った。でも、ここでそう告げれば出かけられなくなる。そして、必然的に楽しみにしていたこと全てが台無しになる。
そう思い、黙っていることにした。それを後悔したのはすぐ後だった。
10分ほどしてお父さんが戻ってきた。
私たちはトランクを引きずりながらエレベーターに乗った。
ホテルの部屋はとても広くて快適だった。ベッドルームが2個もあって、リビング、お風呂、全てが揃っていた。
スイートルームってほどすごい部屋ではなかったけど、お父さんもお母さんも仕事を頑張ってこの部屋を取ってくれたらしい。
久しぶりの旅行、とても楽しいものになりそうな気がした。
「じゃあ、お昼食べに行くか。」
荷物をある程度、片付け終わるとお父さんが言った。
時計に目をやると11時半。少し早いけど、朝ご飯もパパッと済ませてきた私はとてもお腹が空いていた。
「わあ、めっちゃ美味しそう!」
食堂に入った途端、大きな声でそう言ったのは葉月だ。ご飯はバイキングで、確かにどれも美味しそうだった。
「よし、好きなだけ食べるんだぞ。」
早々とご飯を取りに行った葉月を追いかけながらお父さんは言う。
「もう、1番楽しんでるじゃない。」
お母さんはそう言って笑う。葉月、お父さん、お母さんがご飯を取りに行って、私も追いかけようとしたその時、冬馬が横に来た。
「雪菜、大丈夫なのか?さっきから苦しそうにしてるところ見かけるけど。」
気づかれてた。冬馬は何も知らない。結局、教えないことになったから、私が病気のことを知らない。一気に罪悪感が押し寄せてくる。
でも、ここで本当のことを言ったら全て台無し。そう自分に言い聞かせる。どうにかなる。きっと、どうにかなる。
「大丈夫。ほら、冬馬もご飯取りに行こう。」
笑顔でそう言って、葉月たちの方へ行く。冬馬も何も反応せずについてきた。
「美味しそう!」
席に着いた葉月がまたそう言った。これで何度目だろう。5度目くらいだろうか。興奮ぶりに思わず笑ってしまう。
「葉月、もうわかったって。」
私は笑いながらそう言う。表だけ、笑いながら。
「雪菜、そんなに少なくていいの?」
「うん。大丈夫。」
食欲はなかった。お腹は空いているのに、きっと食べ物が喉を通らない。きっと、動きすぎたからだ。そう自分に言う。思い込む。
きっとそうだ。久しぶりの旅行で興奮しすぎているんだ。
でも、心の片隅ではそんなこと、思ってなくて、絶対体の中で何か起こっているという不安が消え去ろうにも消え去らなかった。
「ねえ、雪菜、ほんとに大丈夫?全然ご飯食べてないじゃない。」
お母さんの声がして顔を上げる。いつの間にかみんな食べ始めていて、私はぼうっとしながらご飯を見つめていた。
「え、うん。大丈夫。あんまりお腹空いてないの。ちょっとトイレ行ってくるね。」
そう言って私は立ち上がった。その時、めまいがして、一瞬地面がグラついて私はふらついてしまった。
「ちょ、雪菜。絶対大丈夫じゃないでしょ。病院近くにあるから後で行きましょ。」
「大丈夫だって。すぐ治まるから。」
そして、もう一度立ち直した。無理だった。足から力が抜けて床に倒れた。
こんなことなら言えばよかった。もっと酷いことになってしまった。
「雪菜!ほら、救急車呼んで。雪菜、しっかりして。」
「大丈夫だって、たぶん、すぐ、治る。」
息が、できない。意識が遠のく。怖い。今度こそもう目が覚めないかも。そう思うと自然と涙が頬を伝った。
死にたくないよ。海も見てない。海にも会えてない。夜景も見てない。
死にたくない…。
あれから病院に行っていない。連絡も取っていない。海の病室へ行くのはどうしても気が引けた。
連絡して、返事がないという未来しか想像できなくて怖かった。
結局はただの怖がりだ。
その日は、9時の飛行機に乗るために5時に起き、準備してから1時間半かけて空港へ行った。
これから今日、明日、明後日と海に会えなくなる。それだけが心残りのまま、飛行機に乗った。
函館に着いたのは1時間20分後。それから30分ほどかけてタクシーでホテルへ向かった。
「え、なにこれ?」
そう声に出してしまったのは脈が早く感じたからだ。動悸のような息切れのような前に感じた感覚だった。
「どうした、雪菜?」
お父さんが助手席から振り向いてそう聞いてきた。
「ん?ううん、大丈夫。」
笑顔でそう言うとお父さんは少し心配そうな顔で「そうか。」と言い、また前を向いた。
大丈夫だとは思っていない。なんで?そう思った。治療して、よくなってるはずなのに。登校中に息切れとかしなくなったはずなのに。息切れとか動悸とかそんなのしなくなってるはずなのに。どうして?
不安で、怖かったけど、無視した。
今は、旅行を楽しむ。そう決めている。
ホテルに着くと、お父さんがチェックインのため受付の方へ行ってくれて私たちはロビーのソファーに座っていた。
その時、また動悸がした。胸を抑えて、ゆっくりと呼吸をする。
前みたいに自然と治まっていった。
只事じゃないと思った。でも、ここでそう告げれば出かけられなくなる。そして、必然的に楽しみにしていたこと全てが台無しになる。
そう思い、黙っていることにした。それを後悔したのはすぐ後だった。
10分ほどしてお父さんが戻ってきた。
私たちはトランクを引きずりながらエレベーターに乗った。
ホテルの部屋はとても広くて快適だった。ベッドルームが2個もあって、リビング、お風呂、全てが揃っていた。
スイートルームってほどすごい部屋ではなかったけど、お父さんもお母さんも仕事を頑張ってこの部屋を取ってくれたらしい。
久しぶりの旅行、とても楽しいものになりそうな気がした。
「じゃあ、お昼食べに行くか。」
荷物をある程度、片付け終わるとお父さんが言った。
時計に目をやると11時半。少し早いけど、朝ご飯もパパッと済ませてきた私はとてもお腹が空いていた。
「わあ、めっちゃ美味しそう!」
食堂に入った途端、大きな声でそう言ったのは葉月だ。ご飯はバイキングで、確かにどれも美味しそうだった。
「よし、好きなだけ食べるんだぞ。」
早々とご飯を取りに行った葉月を追いかけながらお父さんは言う。
「もう、1番楽しんでるじゃない。」
お母さんはそう言って笑う。葉月、お父さん、お母さんがご飯を取りに行って、私も追いかけようとしたその時、冬馬が横に来た。
「雪菜、大丈夫なのか?さっきから苦しそうにしてるところ見かけるけど。」
気づかれてた。冬馬は何も知らない。結局、教えないことになったから、私が病気のことを知らない。一気に罪悪感が押し寄せてくる。
でも、ここで本当のことを言ったら全て台無し。そう自分に言い聞かせる。どうにかなる。きっと、どうにかなる。
「大丈夫。ほら、冬馬もご飯取りに行こう。」
笑顔でそう言って、葉月たちの方へ行く。冬馬も何も反応せずについてきた。
「美味しそう!」
席に着いた葉月がまたそう言った。これで何度目だろう。5度目くらいだろうか。興奮ぶりに思わず笑ってしまう。
「葉月、もうわかったって。」
私は笑いながらそう言う。表だけ、笑いながら。
「雪菜、そんなに少なくていいの?」
「うん。大丈夫。」
食欲はなかった。お腹は空いているのに、きっと食べ物が喉を通らない。きっと、動きすぎたからだ。そう自分に言う。思い込む。
きっとそうだ。久しぶりの旅行で興奮しすぎているんだ。
でも、心の片隅ではそんなこと、思ってなくて、絶対体の中で何か起こっているという不安が消え去ろうにも消え去らなかった。
「ねえ、雪菜、ほんとに大丈夫?全然ご飯食べてないじゃない。」
お母さんの声がして顔を上げる。いつの間にかみんな食べ始めていて、私はぼうっとしながらご飯を見つめていた。
「え、うん。大丈夫。あんまりお腹空いてないの。ちょっとトイレ行ってくるね。」
そう言って私は立ち上がった。その時、めまいがして、一瞬地面がグラついて私はふらついてしまった。
「ちょ、雪菜。絶対大丈夫じゃないでしょ。病院近くにあるから後で行きましょ。」
「大丈夫だって。すぐ治まるから。」
そして、もう一度立ち直した。無理だった。足から力が抜けて床に倒れた。
こんなことなら言えばよかった。もっと酷いことになってしまった。
「雪菜!ほら、救急車呼んで。雪菜、しっかりして。」
「大丈夫だって、たぶん、すぐ、治る。」
息が、できない。意識が遠のく。怖い。今度こそもう目が覚めないかも。そう思うと自然と涙が頬を伝った。
死にたくないよ。海も見てない。海にも会えてない。夜景も見てない。
死にたくない…。