その日は中庭に行って、少し話して家に帰った。
 「おかえり。海君と勉強できた?」
 家に帰るとお母さんが聞いてきた。毎日行っているのに、毎日帰ると聞いてくる。
 お父さんとお母さんには海のことを話していて、冬馬と葉月には夏休み中、図書館で勉強していると言っている。
 「うん。数学教えてもらった。」
 「そう。」
お母さんは勉強のことは聞くけれど海のことは聞かない。余命があるってことは言っていて、膵癌だってことも言っている。
 海にもそのくらいは言った方がいいと言われたから話した。
 たぶん、病気だからとかもう長くないからとかそういう意味であんまり深入りしないようにしているんだと思う。
 「今日の夜ご飯は?」
ソファーに鞄を置きながらそう聞いた。
 お母さんの仕事は予告編をつくったり映像を編集したりする仕事ですぐ近くに仕事場があるから忙しくない時はお昼過ぎくらいに帰ってくる。
 「今日は唐揚げにしようかと思って。そういえば、お昼、おにぎりしか食べてないの?」
「うん、そうだけど。」
「栄養足りてないんじゃない?お昼くらいこっち帰ってこればいいのに。」
お母さんがお肉を切りながら言った。
 私は、立ったまま、話を聞いていた。なんか座る気にはなれなかった。
「それは無理。できるだけ海の傍に居たいから。」
 実際は居たいというか居なきゃダメな気がしていた。
 私は言ってから自分の部屋へ上がった。
 ベッドに寝転んで、天井を見上げる。

「正直、もう諦めてる。」

 いつも笑顔な海が、懸命に生きている海が目に涙を浮かべてそう言った。
 もう諦めている…。いつもはそんな弱々しいこと言わない。でも、今日はきっと耐えられなかったんだと思う。
 病気と向き合うことがどれだけ大変か。死と隣り合わせで、いつ死ぬかも分からない状態がどれだけ怖いか。私には分からない。
 だから、励ますことなんてできなかった。運命を受け入れる事しかできなかった。
 海は、死ぬのが怖いとか何もいわなくて、ただ死にたくないって言っていた。
 雪菜に出逢えて、元気になれて。死ねないって思えたって言っていた。
 海、私も、運動できないことに対してのイライラなんか無くなって、私の悩みなんてちっぽけだって思えたよ。
 今、この瞬間も、海に会いたい。ずっと海の傍に居てやりたい。海のためだけじゃなくて、私のためにも。
 ずっと海の傍で笑っていたいよ。ずっと一緒に居たい。
 海に死んでほしくない。生きててほしい。1秒でも長く、傍に居てほしい。