忙しかったけど、1週間に2回は海に会いに行った。
 海は日に日に弱っていっていても、かろうじて歩けたし、調子が良い日は座っていたり点滴棒無しで歩けていた。
 辛い治療も一生懸命頑張っているようだった。

 「雪菜、勉強とかいいの?」
7月29日。夏休みに入ったばかりの月曜日。
 夏休みに入ってからは暇だったので毎日通っていた。
 そんなある日の昼過ぎ、病院食を食べながら海が聞いてきた。
「うん、まあ、家でやってるから。」
そう答えると海は「ふーん」と初めて出逢った日と同じような興味なさげな反応をした。
「持ってきてもいいんだよ?俺、勉強はできるから。わかんないところあれば教えれると思う。」
「え、ほんと?」
思ったより大きな声が出てしまった。海は勉強しているイメージがなくて勉強とか諦めているのかと勝手に思っていた。
「うん。学校は行ってなかったけど、塾は行ってたし、家庭教師もつけてもらっていたんだ。両親ともに教師だったしね。」
 少し引っかかるところがあった。「だった」ってどういうことだろう?そういえば、海の両親とか見たことがない。
 でも、もし私が想像しているようなことが起こっていたとしたら海も思い出したくないと思うし、聞かないでおいた。
「そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えて、明日から持ってきちゃおうかな。夏休みはなんにもすることないし、海に勉強教えてもらう。」
海は任せてというように胸を大きく張った。こういう元気なところは珍しいからなんだかとても元気が出た。

 「ねえ、雪菜、友達の話とかしてよ。学校の話とか。俺、行くのは無理だけど、話聞くのとかは好きだからさ。」
海が病院食を食べ終わって2人とも自由に過ごしていた時、海が本を閉じて言った。
「いいよ。え、じゃあ、まずは私の親友の話をしようかな。」
「うん、してして。」
海にこういう話をするのは初めてだ。
 こういうのはあんまり話さない方がいいかなと思っていたし、海から聞かれることもなかったから話さなかった。
 「えっとー、私には美和っていう子と鈴ちゃんっていう2人の親友がいて……。」
話している最中、海は楽しそうに話を聞いていた。頷いたり、笑ったり。少し悲しそうな顔もしたりしていたし、俯いたりもしていた。
 私も、少し罪悪感があったけど、楽しそうに聞いている海を見るのは悪くなかった。
 「部活はね、テニス部やってるの。今はできてないけどね…。」
 ちょっと俯き加減にそう言うと海が「大丈夫?」と顔を覗き込んできた。
 「うん、大丈夫。きっとまたいつかできるから。」
 私は微笑んだ。意図的に。無理して微笑んだわけじゃない。
 でも、笑うのは辛かった。とても笑えるような笑顔で言えるような内容ではなかった。
 「もっと楽しい話してよ。テニス部もそりゃあ充分楽しいかもしれないけどさ。好きな科目とかないの?」
海が座り直しながら聞いてきた。
 「好きな科目?うーん、好きな科目は、なんだろう。歴史とかかな。日本史。」
「あ、俺も。同じ。日本史、楽しいよね。」
「うん、あとね、結構笑われるんだけど、私、3時間目が好き!」
案の定、海は笑った。声を出して笑っていて、とっても新鮮だった。
 「え、何時間目が好きとかあるの?」
「ある。あるよ、結構影響されるよ。2,3時間目に好きな教科があると気分上がる。けど、6時間目とかに嫌いな教科があったら普通にその日のモチベなし。」
場違いなほど真面目くさった声で言った。
「そうなんだ。俺は、5時間目が好きかな。給食終わって、あ、もう少しで帰れるって思えるの、めっちゃ好き。」
今気づいた。海は笑うとえくぼができる。目が細くなって、えくぼができて、子供みたいな顔になる。
 「それもわかる。」
この笑顔、一生守り続けたい。