それから入院期間は毎日、海に会いに行った。
 海は日に日に弱っているように見えた。たまに酸素チューブをつけていたし、笑顔も弱々しかったし、顔は青白かった。
 それでも彼は絶対に笑顔を忘れなかった。それがとてつもなく虚しくて、切なかった。

 入院最終日、やはり肥大型心筋症だったことを告げられた。
 激しい運動も禁止されたし、もちろんテニスもできなくなった。薬を飲まなきゃならないし、通院もしなきゃいけない。
 でも、今の私にはなんてこと無かった。海のことを考えれば何も感じなかった。
 「生きられるんだ。よかったね。」
初めて出逢った日、海はそう言った。「生きられるんだ」。そこには何が隠されていたんだろう。きっと羨ましさや病気への憎らしさだと思う。
 1年しかない猶予の中での憎らしさが溢れているように見えた。私もそうなると思う。1年しかなかったら何もできない。
 でも、その中でも海は懸命に生きようとしている。それはとても凄いことだ。

 「おはよう。」
教室に入り、クラスメイトたちに声をかける。
 するとたちまち私は席につけなくなる。
「どうしたの?」、「大丈夫なの?」、「怪我?」、「体調悪かったの?」。
色んな人に色んな質問をされ、もう嫌になって大きな声で答えた。
「体調悪かったの。今はもう大丈夫だから。」
その大きな声で察したのかみんなは「ならよかった」などと声に出しながら席に戻って行った。
 なんだか少し罪悪感が残る。別に面倒くさかった訳ではないのに。

 5日間の入院を経て、土日を過ごし、7日ぶりに行った学校はあまり変わらなかった。
 美和と鈴ちゃんは私を気遣ってくれたのかいつも通りの態度だった。「どうしたの?」とか「大丈夫?」とか何も聞かずにただいつも通りに話してくれた。それがなんだかすごく嬉しかった。

 運動を禁止されていてテニスもできないから部活は行かなかった。見学はしたかったけど、事情を知っている顧問は
「今はテニスのことなんか考えずに治すことを考えろ」
と言ってくれてあっさりと帰された。
 一見、厳しい顧問だけど、根はとっても優しい顧問だ。

 学校が終わると、私はすぐに病院へ行った。
 なぜなら、海に会うからだ。退院はしたけど、週に1回は必ず行くと約束したのだ。
 勉強もあるし、学校も終わるのが遅いから毎日行くのは難しい。
 でも、できる限り行くし、LINEも繋いだから連絡するとも言ってある。
 行く途中、本屋に寄ってゴールデンカムイを1冊買っていった。
 前に手土産を買って行きたいと言ったとき、それならゴールデンカムイを1冊ずつ買ってきて欲しいと言われたのだ。
 海はゴールデンカムイが好きらしい。ずっとスマホで読んでいたけれど、最近はスマホもいじるのが疲れてきたと言っていた。
 漫画なら1冊安いし、暇潰しにもなるから一石二鳥だ。

 「海〜?来たよー。」
病室に入って海に呼びかけた。
「雪菜〜?いいよ、来て。」
いつも通り奥の方から声が聞こえた。
「ゴールデンカムイ、買ってきたよ。」
「おぉ、ありがとう。これで暇潰しになるぞー。」
 海はもう座ってはいなかった。ベッドに横たわり酸素チューブをつけていた。2日も会わない間に相当弱っていた。
「もう、中庭、行ってないの?」
気まずくなりそうだけど、聞いてみた。
「行ってるよ。まだ、歩けるから。行く?」
そう聞かれれば行くしかない。
 でも、よかった。中庭に行けなくなれば相当悪くなっている証拠だ。できればそういう知らせは聞きたくない。
 海は点滴の棒を持っておぼつかない足で歩いていた。
 私が入院していた時は普通に歩いていたけれど、今は点滴の棒に頼りながらゆっくりと歩いている。
 弱ってきている海を見るのは想像以上に辛かった。

 「海、見れないかもなあ。」
中庭でベンチに座るとそう言った。
 気の抜けた声だった。海にしてはとても弱気な発言だったと思う。
「うん…。同情はしないし、気持ちもわかんないし、治療もどれだけ大変かはわかんないけどさ。私が見せてあげるよ、海。だって、必ず見ようって言ってたでしょ?必ず見せるから。希望は捨てないこと。約束。」
私はそう言って海の方に小指をさしだした。
 海は少し考え込んでいたけれど、私の小指に海の小指を絡ませた。
「うん、約束。」