翌朝、すぐに検査が始まった。心臓カテーテル検査は循環器内科で行うらしかった。
 検査室っぽいところに行くとベッドに横にさせられた。
「ちょっとチクッとするよ。」
 そう言われ、手首に注射がさされた。意外と痛くて予防接種よりジンジンした。
 そこからは退屈すぎて寝ていたから検査中の事は分からない。
 起こされて手首を見るとガーゼが貼ってあって、ちょっと血が滲んでいた。
 それと同時にジンジンする痛みが伴った。激痛って程でもないけど、微妙に痛い感じだった。
 病室に戻って時計を見ると13時半。1時間くらい休憩して、海の病室へ行くことにした。
 「海っていませんか?」
そう聞いたのは海のベッドが空になっていたからだ。近くにいた看護師さんに聞くと中庭へ行ったらしい。
 中庭に行くと、海がいつものベンチに座っていた。いつも通り空を眺めているその横顔は少し傾いている太陽に照らされて輝いていた。
 「あ、雪菜。見舞いに来なかったから中庭かと思って探してたんだ。」
ベンチの方へ向かうと海が気づいて声をかけてくれた。
「うん、ちょっと検査長引いちゃって。」
そう言ってベンチに座りながら手首を見せる。
「さてはカテーテル検査だね?」
海は少し悪戯っぽい顔をして言った。
「うん、なんでわかるの?」
「まあここの所ずっと病室にいたし、手首とか首とかにガーゼしてる人が『カテーテル検査痛い』って言ってる場面には遭遇すること多いからね。」
そんなものなんだ。長い間病室にいると覚えてしまうものなんだ。
 どう反応していいか分からず少し戸惑っていると海が言った。
「ごめん、なんか気まずくさせちゃったね。気にしないで。俺、入院してることなんとも思ってないから。」
「……うん。」
 そう言われると余計に返事しづらくなるんだけどなぁ。
「ねえ、海、今度、海見に行かない?」
 気まずい雰囲気になってしまったので思い切って話題を切り替えてみる。
「海?」
「うん、だって海見たいって言ってたじゃん。その夢、叶えようよ。たとえ、残り少ないとしても、今だったらまだ間に合うよ。ね?」
きっと無理だって思ってた。
 でも、入院のことをどうも思っていない、海になにかしてあげたかった。
 何かはできるはずだってそう信じたかった。
「うん、いつか必ず一緒に見よう。」
海はそう言って笑顔になった。その笑顔が消えてしまいそうで、この世にずっと遺しておきたかった。
 海の笑顔がずっと見れますように。そう祈っていたのは私だけの秘密。
 海はベンチに座っている私に少し近づいて空を見上げた。
「夏の空、綺麗だね。俺、好きになっちゃった、空のこと。」
「うん、私も。」

 海が見上げた空はどんな空だったんだろう。
 希望に満ち溢れた晴れた空?
 絶望しかない曇りの空?
 涙に暮れている雨の空?
 私はね、希望の空だよ。希望の空が見えた。
 海が見上げた空がたとえ、曇りでも雨でも、私が変える。希望の空に。貴方に希望を贈るよ。
 どうか、このまま、海の存在が地球に存在しますように。
 いつか地球が海の分だけ軽くなりませんように。
 神様、せめて、海だけは見せてあげてよ。私も海のこと、好きだから。