私たちはその後、外へ出た。昨日出逢った中庭にはあまり人がいなかった。
 おそらくお昼時だからだろう。
「それにしても、昨日出逢ったなんて信じられないな。なんだかずっと友達だったみたいだ。」
ほんとにそうだ。昨日もそんなにたくさん話したわけではないのにすっかり仲良くなってしまった。
「本当に。何年も前から知っていたみたい。」
 私たちはほぼ同時に空を見上げた。
 7月になったばかりの空は夏を感じさせる。雲が点々と浮かんでいて風に任せて流れていく。
 「海が見たいな。」
ぽつりと聞こえた呟きは空へと吸い込まれていくような儚さがあった。
 海はもう長くない。だから、治療に専念して遠くへ行くことはできない。膵癌がそういう病気なのは知っている。
 最期の最期まで病室で過ごして、自分が行きたいところにも行けず、食べたい物も食べられず、会いたい人にも会えない。
 海の「海が見たい」という言葉は叶えられないものでただの言葉として消えていく。叶わない夢として消えていく。私は、何も言えなかった。
 海を見ようって言う勇気がなかった。そんなの叶えられるわけないよなって私が諦めていた。
 
 海と中庭で話したあと、病室に戻ってきてからはずっとスマホをいじったり、本を読んだりしていた。
 夕方、ずっとソファーに座っていたからか腰が痛くなったので立ち上がり、窓辺に寄った。
 窓からは綺麗なオレンジ色の夕日が差し込んでいた。10階から眺める街はオレンジ色に光っているように見えて、中心にある川はキラキラ輝いていた。それがとても幻想的で美しかった。
 生きている街は今日も活気づいていて、全員が一生懸命生きていた。
 「コンコン、入っていいかな?」
突然、石原先生の声が聞こえて飛び上がりそうになった。
 もう窓の外の夕陽も山に隠れそうになっていた。
 意外と長く窓の外を眺めていたみたいだ。
「ごめんごめん、驚かせちゃったかな。明日の検査、説明してもいいかな。」
石原先生がソファーに座りながら言った。私は「はい」と答えながらベッドに腰掛ける。
 検査の説明は思いのほか長かった。
 明日はカテーテル検査をするらしく局所麻酔だかなんだかをして細いチューブを血管に入れるのだという。
 なんだかとても痛そうだったけど、先生曰く、切開する部分は麻酔をするから痛くはないらしい。
 嫌だなあと思った。
 明日は検査が長くなる。海に会いに行けないかもしれない。少し、悲しかった。