翌朝。午前中、検査が始まった。
 まずは簡単なCTからですぐに終わった。
 検査と言われるととても堅苦しい感じがするけど、待ち時間は石原先生とおしゃべりをしていた。
「好きな事、見つかった?」
CTを撮るための待ち時間、石原先生が聞いてきた。
「まあ。空です。」
 私が意外にも早く答えて驚いたみたいだったけど、回答を聞いて先生は首を傾げた。
「あ、昨日、思いつかなかったから中庭に行ったんですけど、空が綺麗だなって。だから、空を眺めて時間を過ごそうかなって思います。」
「そうか。好きなことが見つかったのはいいことだね。」
 最初、海のことも言おうかなと思ったけど秘密にしておきたかったから言わなかった。
 いつか海を眺めるのも趣味に入れたい。

 CTが終わって病室に戻るとまた1人の時間がやってきた。
 正直退屈で私は、昨日の海の言葉を思い出してベッドから起き上がると病室から出た。
 海の病室は私がいる病室とは真逆で、何人かと一緒の病室に入院しているみたいだった。
 「海?」
やっと見つけた病室に入って呼びかけると一番奥の仕切りのカーテンが開いた。
「雪菜、来てくれたんだ。」
 海は昨日より少し顔色が悪かった。膵癌って進行が早いっていうからきっとそのせいだろう。
 ベッドに座って色白な顔で笑っている姿は完全に病人だ。すごく心配になる。
「うん、暇だったから。あ、手土産持ってきてないや。」
途中で気が付いた。そういえば、持ってきていない。お見舞いっていってもこれじゃ遊びに来たみたいだ。
「はは、別にいいよ。気にしないで。そうだ、1つ聞きたいことがあるんだった。」
 昨日知り合ったばかりなのに海はずいぶんと私に優しい。
 元々そうなのかもしれないけど、結構難しいことだと思う。
「年齢。何歳なの?」
首を傾げた私に海が問う。
 そこでハッとした。そういえば、お互いの年齢も知らなかったんだった。
 お互いの年齢を知らずに友達だと思っていた自分が少し恥ずかしい。
「13歳。中学2年生。」
「そっか。じゃあ、俺の方が年上だ。俺は17歳。高校2年生。だけど、俺、学校行ってないんだ。」
 3歳も年上だったことに驚きつつ、昨日も出てきた学校に行っていないという台詞に反応する。
「昨日も言ってたよね。学校に行ってないってどういうこと?」
「小5の時、虐められてて不登校。なんか怖くてさ。すっげー情けないけど、怖いんだよ。友達作ったり、おんなじ環境で何時間も過ごしたりするのが。
 でも、そのせいでばあちゃんには見放されるし、勉強は全くできないし。正直、雪菜に会えてよかった。ほんとに孤独で死ねることが嬉しいって思ってたんだよな。
 でもな、昨日、空見てたらなんか生きたくなった。まだ居場所ありそうだなって。」
 笑顔で言う海を私は静かに見つめていた。
 平然と不登校だったことを語る海。
 情けないって笑う海。
 死ぬのが嬉しかったって微笑みながら言う海。
 そんなこと言って欲しくない。そんなこと、平然と言える人なんかいないはずなのに。
 無理に笑って笑顔で過ごして。そんなこと、平気で言われるのは嫌だった。
「全然情けなくなんかないよ。」
気が付いたら声を出していた。
「不登校だから情けないって思ってたら運動できないだけで落ち込んでる私の方が情けないよ。
 そんなこと平気で言わないでよ。笑って言わないでよ。笑顔も大事だけどさ。助け求めたり、泣いたりすることも同じくらい大事なんだよ。
 だから、どれだけ笑顔でいたいって思っても、こういう話の時は、笑わなくていいんだよ。
 それに。怖いから行けないって分かってるじゃん。なんとなく行けないって思ってる人よりかずっと凄いと思う。
 怖いって分かってるならそれで充分だよ。私は凄いと思う。」
海は少し驚いた顔をしていた。でもすぐに頬を緩ませて笑った。
「なんか変な気持ちだな。年下にそんな励まされるんなんて。でも、ありがとう。すごく力が湧いた。」
海はそう言った。海が死んでしまうなんて想像したくなかった。