それはガーナード王国から帰国して一カ月が経過した頃のことだった――


「レベッカ様、今日も平和ですわね~」

青空の下、果樹園の水やりをしていたミラージュがのんびりと言う。

「ええ、そうね。とっても平和過ぎて、何だか嫌な予感がしてきたわ」

私は果実の実に袋を被せた。するとミラージュが顔を青ざめさせる。

「ま、まさか……レベッカ様……例のアレ……ですか?」

「ええ、最近こんな予兆を感じる事が無かったのだけど……近頃妙に胸騒ぎがするのよね~」

「そ、そんな! レベッカ様の予感は絶対的なものです! 今までその予感が外れたことは無いじゃありませんかっ!」

慌てふためくミラージュ。

「落ち着いて、ミラージュ。最近、あのアレックス王子が女性遊びをしなくなったという噂を耳にしたのよ。なのできっと天変地異とかそんな恐ろしい予感じゃないと思うの。多分私とアレックス王子に関する嫌な予感だと思うのよね……」

その時――

「やぁ、レベッカ。それにミラージュ。今日も果樹園の管理をありがとう」

果樹園にランス王子が現れた。

「こんにちは、ランス王子」

私が挨拶するとミラージュも丁寧に挨拶する。

「ご機嫌麗しゅうございます。ランス王子」

するとランス王子が突然真顔になり、辺りをキョロキョロ見渡す。

「よし……誰もいないな。実はね、今日は君達2人にとっては良くない話を知らせに来たんだよ」

「ええ! 本当ですかっ!?」

ミラージュが頬を押さえる。
なんと! 嫌な予感がすると言った矢先にランス王子が現れて、良くない知らせを持ってくるとは……。

「あ、あの……それで良くない知らせとは……?」

「君達2人はアレックスから何も話を聞いていないのかい?」

「はい、何も」

ミラージュが答える。

「話を聞くも何も私とアレックス王子はガーナード王国から帰国してから、まだ一度も顔を合わせていないのですけど?」

私の言葉にランス王子が驚いた。

「何だってっ!?それは本当の話なのかい?」

「「はい、本当です」」

私とミラージュが同時に頷く。

「は~信じられないよ。レベッカ、君は本当に我慢強い女性なんだね。仮にも2人は夫婦だと言うのに、一緒に食事どころか顔を合わす事もしないなんて……。全くアレックスときたら…ここまでするなんて最低な男だよ、あいつは」

ランス王子がため息をつきながら髪をかき上げる。

「それよりもランス王子、早くその良くない知らせと言うのを教えて下さいっ!」

ミラージュがランス王子を急かす。

「実はね。君たちの国、オーランド王国が……まずい事になっている」

「ええ、その話ならガーナード王国のサミュエル王子に聞きましたよ? 何でも天候不良が続いているとか……あれ程沢山埋まっていた鉱石が無くなってしまったとか」

私の言葉に、隣に立って話を聞いているレベッカが当然だと言わんばかりに腕組みをして、ウンウンと相槌を打っている。

「何だ、知っていたのかい?」

ランス王子が目を見開いた。

「ええ、勿論」

でも意外だった。もうとっくにあの国は滅亡していると思っていたのに、まだ持ち堪えていたなんて。

「だから、あの国は今我が国の援助なしにはもう生活できない位に困窮しているらしい」

「「え!? そうなんですかっ!?」」

まさかこの国から援助して貰っていたとは……。

「もともとレベッカ王子とアレックスの婚姻話は我が国グランダ王国が君たちの国で採掘される鉱石を独占させて貰う事を条件だったからね。それでこの国の宰相や、摂政……その他権力を握るお偉方がレベッカ王子はもう不要だから追い出してしまえと囁いているんだよ。それで外遊していた父ももうすぐ帰国する事になったんだ。君とアレックス王子の婚姻を続けるかどうかを決める為に」

「ええっ!? そうなんですかっ!?」

何と! そっちの話だったとは。てっきり私とアレックス王子の話だと思っていたのに。でも、それにしても腑に落ちない。私はガーナード王国でジョディ夫人を当てにして、私の良い噂とこの国で鉱石が採掘できる話をばらまくように依頼したのに……。

「ど、ど、どうしますっ!? レベッカ様っ! 私達、追い返されてしまうかもしれませんよっ!?」

「まあまあ落ち着いて、ミラージュ。私に秘策があるわ」

そしてランス王子に声をかけた。

「今すぐ、先程名前の上がったお偉い方々をランス王子のお名前で集めて頂けますか?」

「え? ああ……分かったよ。彼らを集めればいいんだね?」

「はい、よろしくお願いします」

もう……かくなる上は、私が直に動くしかないだろう――