私たちが立ち寄った村は『アルト』という名の小さな村だった。
食事が出来るお店はたった1軒だけで、2階は宿屋になっている。そして一部屋は最大2名まで宿泊できる部屋が10室あった。

「うむ……このようなド田舎の村の割には中々食事はうまいな……」

『木こりの妻の愛情シチュー』を食べながらアレックス王子はうなずく。ちなみに私の食べている料理は『森の仲間のわくわくパスタ』である。

「アレックス様……ド田舎は言い過ぎですよ。ド田舎は。せめて田舎にしておきましょう。うん……このパスタ、とっても美味しいですよ」

「そうか、俺の食べているシチューもとてもうまいぞ。ド田舎で出される料理の割にはよく頑張っている」

アレックス王子は上品に胸にナフキンを付けて食べている。

「え? 本当ですか? なら一口下さいよ、ほら、私のパスタも食べさせてあげますから」

私はくるくるとフォークに巻き付けたパスタをアレックス王子に突き出した。

「おわぁっ! お、お前……人の眼前にフォークを突き出すな! 刺さったらどうする! それに俺は誰かと食事を分け合う趣味は無いのだっ!」

アレックス王子はシッシッと私の突き出したフォークを追い払う。

「ええ~……そんな事言わずに2人でシェアして食べましょうよ~……私はよくミラージュと2人で分け合って食べていましたよ?」

「うるさい! お前の侍女と一緒にするな! お前は食事くらいおとなしく食べられないのか?」

そんな私たちのやり取りを何故か離れた席で見守っている護衛の兵士達……。いや、よく見てみると彼らは何とアレックス王子からコソコソ隠れるようにお酒を飲んでいる。おまけに数人はすでに出来上がっているように見えた。

「ふわああ……それにしても……解せぬ……」

アレックス王子が欠伸を噛み殺しながらシチューを食べている。

「何が解せぬのですか?」

私は最後のパスタを食べ終えると尋ねた。

「あれ程たっぷり寝たはずなのに……何故か今非常に眠くてたまらん……目を閉じれば……すぐに深い眠りに……つきそうだ」

言いながらアレックス王子はすでにこっくりこっくり船を漕ぎだしそうになっている。あ~あれだ。私がアレックス王子の体内時計を10時間進めたから突然眠気が襲って来たんだ。それに向こうのテーブルでは既にお酒で出来上がった護衛兵士たちがいるし。

「アレックス様、どうせ私達は滞在日数を縮めて出国したのですから今夜はここの宿屋で一泊していきましょうよ」

「う……うむ……そうだな……」

すると、お店のおかみがダッシュで駆け寄って来ると鼻息を荒くしながら私達に話しかけてきた。

「ほんとうですかっ!? お客様! こちらの宿屋をご利用になるのですね!? まいどありがとうございますっ! 向こうのテーブルの方々もお泊りになるのですよね!?」

「はい! 全部で10名宿泊させて下さいっ!」

私は元気よく返事をする。

「おい、待て……俺はまだ宿泊するとは……」

眠気と戦っているアレックス王子は何故か泊まりたくない様子だ。

「アレックス様、眠いんですよね? だったら今夜は宿泊しましょうよ! ほら、外を見てください。もう日が落ちてすっかり真っ暗なんですよ? 絶対宿泊した方がいいですってば!」

旅行なんてした事が今までの人生一度も経験したことが無かった私は何としても宿泊して旅行気分を味わいたかったので、必死になってアレックス王子を説得する。

「ええ、そうですよ。お客様。実はつい最近、この先の森で山賊が現れ始めたんですよ。今まで山賊なんかいなかったのに。夜に山道を進むと危険ですから、是非我が宿をご利用下さい!」

うん? 山賊……山賊……何だかこの間の山賊が頭をよぎったが、まさかね。
山賊という話を聞かされたアレックス王子はこの宿に宿泊する事を承諾し、私達は2階の客室を全部借り切って今夜はこの宿に宿泊する事に決めた。



「いいか? 俺はこの部屋で寝るが……絶対に夜這いなんかしかけてくるなよ? 分ったか!?」

2階の宿部屋に上がって来たアレックス王子はジロリと後からついて来た私を睨み付けながらとんでもない事を言ってきた。全く……仮にも乙女に向かって、相変わらず何て事を言ってくる王子なのだろう。

「そんな事するはずないじゃないですか。何故私がわざわざアレックス様を夜這いしなくちゃいけないんですか?」

こっちだって疲れてるのだから、そんな事するはずないのに。と言うか、そんな気も起こらない。

「よし、それを聞いて安心して今夜は眠れる。それじゃあな!」

アレックス王子はドアを開けて室内へ入ると思い切りバタンと扉を閉めてしまった。
そして廊下に残されたのは私と、背後に立つ8人の兵士達。

「あの……我々も休ませて貰います」

リーダー格の兵士が遠慮がちに私に声をかけてきた。

「ええ、そうですね。皆さんご苦労様でした。それではおやすみなさい」

そしてその夜、私は騙されたことを知る――