アレックス王子とパラソル女性が庭園から消え失せたのを見届けた後、再び具合が悪化してきた……気がした。

「う~また頭が痛くなってきた……だけど、私このままこの部屋にいてもいいのかしら……?」

 部屋の中をキョロキョロ見渡しても、アレックス王子の私物はそのままになっている。やっぱり私がこの部屋を出て行くべきだよね……? アレックス王子が部屋に戻って私がまだこの部屋にいたら、『何でまだお前がここにいる~ッ!!』なんて言われかねないし。
そこでどうしようかと部屋をグルリと見ると、メイドを呼ぶベルがテーブルの上に乗っていることに気が付いた。

「そうだ、このベルで誰か呼んで部屋を用意してもらいましょう」

そこで私はベルを掴むと、思い切り振った。

ガラン
ガラン

すると……。

コンコン

部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「お呼びでしょうか?」

「はい、お願いしたい事があるのですけど。入って来て貰えますか?」

すると、カチャリとドアが開けられてメイドが入口に1人立っていた。彼女は赤い顔をしてカウチソファに寝ている私を見ると慌てて駆け寄って来た。

「まあ、確か貴女様はアレックス王子様のお妃さまですよね? 何故ソファでお休みになられているのですか?」

「ええ……まあ……それは色々訳有りでして……そんな事よりも私はこの通り風邪を引いているのでアレックス様とは別に部屋を用意して頂けませんか…? 私の風邪をあの方にうつしてしまうわけにはいかないので……」

半分は本心、半分は1人になりたいから私はなるべく病状がかなり悪そうに、フウフウ喘ぐ演技をした。

すると……。

「まあ……! 何とお優しい方なのでしょう! 本当なら具合が悪いのでしたら、心細く感じてアレックス様に傍にいて欲しいと思うでしょうに……それを気を遣われて別室を希望されるなんて!」

メイドは感動のあまり? 目をウルウルさせている。でも、それは大いなる勘違い。そもそも私が風邪を引いたのだって、アレックス王子にベッドを追い出され、上掛けも貸して貰えず、ソファの上にバスローブを身体に掛けただけの姿で寝たからだ。
どうせアレックス王子の事。私が風邪を引いて寝込んでいようが、仮に危篤状態だとして決して私にベッドを譲ってくれることは無いだろう。

「お……お願いします……アレックス様が戻る前にお部屋を移動させて下さい……心配(邪魔)されたくありませんので……」

息も絶え絶えな演技力? で訴える。

「はいっ! このお部屋より3部屋隣が空いておりますのですぐにご用意して参りますね!?」

「ええ、お願い。荷物なら自分で整理して持って行くから」

「はい、すぐに準備してきますねっ!」

そしてメイドが部屋を出て行くのを見届けた私はいそいそと荷物整理を始めた。もうこれ以上アレックス王子と同室にいるなんて冗談じゃない。こんなベッドを追い出されて風邪まで引かされた挙句、太陽が明るい内から堂々と見知らぬ女性と……しかも外でキスをする等、ちょっと神経を疑ってしまう。

「全く……ああいう真似は夜、人目の付かないところでやって欲しいものだわ……」

ブツブツ言いながら、具合悪い身体に鞭打って自分の荷物をトランクケースに詰め込むと、私はメイドさんが用意している部屋へと向かった。


****

「あの……もう中へ入っていいかしら?」

ヒョイと覗き込む。

「はい、丁度ベッドメイクを整えた処ですのでいつでも大丈夫ですよ」

「そう、ありがとう。それじゃ具合が悪いから私はもう休ませて貰うわね。それでお願いがあるのだけど……」

「はい? 何でしょう?」

「もし仮にアレックス様に私がどこの部屋に移動したか聞かれても、知らないと惚けておいてもらえる? 弱っている姿を見られたくないから」

メイドはするとまた何を勘違いしたのか、目を潤ませた。

「うう……そこまでアレックス様の事を気にかけていらっしゃるのですね? 分かりました! シラを切りとおしますっ!」

ああ……何てこのメイドは心が素直なんだろう。だから私はこのメイドに加護を与えたくなった。

「ありがとう、ところで……貴女お名前は?」

「え? 私ですか? ロキシーと言います!」

「そう? ロキシーって言うの? 貴女の事は覚えておくわね? ありがとう」

私はニッコリ笑って心の中で祈った。
どうかロキシーに幸せが訪れますように……と。


****

「失礼致します」

ロキシーが扉をパタンとしめて部屋を出て行くと私は溜息をついた。

「ふう……やれやれ。これでやっとゆっくり休める……。

私は溜息をつき、ふかふかのベッドに潜り込むとしばしの休息を取る事にした。とにかく早く風邪を治さなくちゃ……。

そしていつしか私は深い眠りに就いた。

この後、とんでもない展開が待ち受けているとは露とも思わず――