真っ白な城壁に囲まれたガーナード王国の巨大な城は星々のきらめく空の下で無数の松明に照らされて城の全貌がオレンジ色に浮かび上がり、とても幻想的な光景だった。

「うわ~綺麗なお城ですね……」

馬車の窓から顔を覗かせながらどんどん近づいてくる美しい城の姿に感動の声を上げた。

「フン、あんな城、別にすごくもなんともない。お前は我が国の夜の城を外側から見たことは無いのか?」

アレックス王子はつまらなさそうに持ってきた本を読んでいる。

「ええ。ありませんよ。昼間しか城の外に出たことはありませんので」

馬車の窓から顔を引っ込め、座席に座り直す。

「ハッ! 何だそれは? お前は夜に外出したことが無いのか? ただの一度もか?」

アレックス王子は鼻で私をあざ笑う。

「いいか? グランダ王国には普段住まう居城以外に、舞踏会を開催する為の特別な城が小島に建てられているのだ。その島へ渡るには特注の豪華な小舟に乗って行くのだが、闇夜の海の水面には松明によって照らされた城が映り、それは美しい光景を見る事が出来る。つい2週間程前にもその城でパーティーを開いたのだが、あの夜は特に大きな満月の日で、その月が城の陰から姿を見せていた。打ち上げた花火はそれはとにかく見事だったな……」

アレックス王子は誰に言うとも無く熱く語りながら恍惚な表情を浮かべていた。恐らく自分の言葉に酔っているのだろう。
う~ん……でも確かに2週間ほど前、部屋の窓から美しい花火が打ち上がるのを目撃したけれども、あの花火は町の人々のお祝いのお祭りでも開かれているのだろうとばかり思っていた。それなのに、まさか別の城でパーティーが行われていたとは……。しかし、ここで一つの疑問が湧き上がる。

「あの~何故私はその城のパーティーに呼ばれていなかったのでしょうか? いえ、それどころか、今までただの一度も国民の前での挨拶どころか、王宮で挨拶すらさせてもらえていませんよ? 私がアレックス王子の妻だと言う事を認識しているのはほんのわずかな人達だけなのですけど?」

「それは……必要無いからだ」

アレックス王子は私の目を見る事も無く、予想通りの返事をした。

「はぁ……なるほど……。分かりました」

必要ない……確かにその通りなのだろう。必要とされていれば嫁いでくるときに迎えを寄越してくれただろうし、結婚式だって1人で挙げる事は無かっただろう。それに私は結婚指輪をはめているのに、肝心のアレックス王子は指輪すらはめていない。
なのでそれ以上尋ねるのをやめて再び窓の外に視線を移そうとした時。

「何!? それでお前は納得したのか!? 何故必要ないのか理由を問いただす気はないのか?」

突如アレックス王位から素っ頓狂な声が聞こえたので視線を戻した。するとそこには驚いた顔で私を見ている王子の姿がある。

「お前……自分が何故冷遇されているのか理由を知りたくはないのか?」

「はい、必要無いと言われてしまえばそれまでですからね。あの~それとももしや理由を話したいのですか?」

あ、なんだ。一応私の事を冷遇していると自覚があったわけだ。

「い、いや……別に言いたいわけでは…」

しかし、横目でチラチラと私を見ながらムズムズ身体を動かす姿はどう見ても言いたくて堪らない様子に思えた。ふう……やれやれ全く。

「分かりました。それではアレックス王子。どうか私を冷遇している理由をお聞かせ願えないでしょうか?」

頭を下げながら丁寧に尋ねる。

「……お前、俺を馬鹿にしているのか?」

むっとした表情でこちらを見るアレックス王子。

「いえいえ、とんでもありません」

ただ早くこの話を終わらせたいだけだ。

「よし、なら教えてやろう。お前は…
俺のおまけだ」

「おまけ……ですか?」

おまけとは……私の予想の斜め上を行っている。

「ああ、おまけだ。お前は自分の国に大量の鉱石が眠っている事を知っているか?」

アレックス王子は腕組みしながら言う。

「ええ、知っていますよ」

そんな事は知っていて当然だ。オーランド王国に鉱石があったのは、私があの国に住んでいたからだ。

「だが、お前たちの国は吹けば飛ぶような弱小国。あれほどの鉱石が眠っているのに貧しい国だった為、ろくな開発技術も無く、採掘できるのは僅かな量」

「そうでしたね」

何故貧しかったのか……理由は簡単。あの国は姫である私をずっと冷遇してきた為に、運命の輪の力が働き、一向に裕福な国になれない力が作用していたのだから。私に親切にしてくれていれば、今頃は強大な王国を築き上げられていたはずなのに。

「そこで我が父はその採掘権を得るために同盟を持ち掛けた。こちらが採掘した鉱石の1割をオーランド王国に分けてやる代わりに、採掘権を寄越せとな。するとお前の父は言ったのだ。ついでに嫁行き遅れの3人の娘がいるので誰か1人嫁に貰ってくれないかと。そして父は快諾し、それが今回の俺とお前の結婚へとつながった。俺はまだまだ結婚したくは無かったのに……」

そしてアレックス王子はじろりと私を見た。

「いいか? 所詮これは政略結婚。そこに愛など存在しない。俺にとってのお前は単なるおまけ……まあ装身具みたいなものだ。装身具に気を遣ってやる必要は一切ないだろう?それに…」

 馬車はもうとっくにガーナード王国の城に着いている。なのに話に夢中になっているアレックス王子はその事に全く気付いていない。あ~あ……護衛の兵士の人達……皆困り顔でこちらを見ているよ。

早く話が終わらないだろうか……。

私は窓の外を眺めながらため息をついた――