「何故ですかっ!? 何故私はレベッカ様について行ってはいけないのですかっ!?」

アレックス王子の部屋でミラージュのキンキン声が響き渡る。

「煩いっ! ガーナード王国に招待されているのは国賓だけなのだっ! 侍女がついて来る事は禁じられているっ! お前っ! 何とかその侍女を説得して黙らせろっ! み……耳が痛くて鼓膜が破れそうだ!」

アレックス王子は両耳に中指を突っ込み、耳を塞ぎながら喚き返す。
やはり通常の人間にはミラージュの本気のキンキン声は耐えられないのだろう。何せミラージュには常人では聞き取ることが出来ない高い声を発する事が出来るのだから。
本当ならこのままミラージュにキンキン声を出してもらいたいところだけれども、今回の件で私はアレックス王子に負い目がある。明日、ガーナード王国に向かわなくてはならないのに、私はダンスも出来なければ貴族女性の嗜みの知的な会話すら出来ない状態で向かわなくてはならないのだから。
恐らくアレックス王子が恥をかくのは必然的だろう。

そこで私は優しく、宥めることにした。

「ごめんなさいね。ミラージュ。どうしても明日は貴女を連れて行く事が出来ないのよ。今回だけは辛坊して頂戴? お願い」

「ま……まあレベッカ様がそこまで言うのでしたら私は従うまでですけど……ですがっ!!」

ミラージュはキッとアレックス王子を睨み付ける。

「いいですか、アレックス王子。いくらレベッカ様が気に入らないからと言って帰りの馬車で、何処かの山奥辺りで夜中にレベッカ様を置き去りにしようものなら……末代まで祟ってやりますからね!?」

「な、な、何を言い出すのだっ!? この俺がそのような事を……す、するとでも言いたいのかっ!?」

妙に冷や汗をかきながら、つっかえつっかえ台詞を言うアレックス王子を目にして私は少しだけ背筋がぞっとしたまさかとは思うけど心当たりがあるのでは? 実はほんの少しでもミラージュが話した事を実践しようと考えていたのでは?

「フン、まあいいでしょう。アレックス王子にその気が無いのであればこちらも安心してレベッカ様を送り出す事が出来ます。さてそれではレベッカ様の出立の準備がありますので、私達はこれで失礼致します。さ、参りましょう」

ミラージュは言いたい事だけ言うと、私を連れてさっさと扉に向かって歩き出し……乱暴に開け放った。

「おい! もっと上品に扉を開けろっ!」

背後でアレックス王子の喚き声を聞きながら、私達は部屋を後にした。


 2人で仲良く長い廊下を歩きながらミラージュがため息をつく。

「あ~心配です。本当に心配です。レベッカ様がいなくなった後が心配でたまりません」

「大げさねえ……ミラージュったら。大丈夫よ、いなくなると言ってもほんの数日じゃないの」

「ええ。ですけど私が目を離したすきに、あのアレックス王子がレベッカ様に無体を強いるのではないかと思うと気が気じゃなくて」

「大丈夫だってば~ミラージュ。私の能力の事は貴女が誰よりも一番良く知っているじゃないの? だって私とミラージュが手を組めば、国の一つや二つ簡単に……ね?」

「そうでしたね。レベッカ様が本気を出せば、世界は大変な事になりますから」

「そうよ。それに今回は私、ガーナード王国でどんなに理不尽な目に遭っても我慢するつもりよ」

「え……? 何故急にそんな事を言い出すのですか?」

「実はね、多分ガーナード王国で絶対アレックス王子は恥をかくことになるからよ。だって私、貴族の一般常識を何も知らないんですもの」

「そんなのはアレックス王子の自業自得ですよ。レベッカ様に何一つ先生を付けて下さらなかったのですから。さ、お部屋に到着しましたよ。ちゃっちゃと明日の準備をしてしまいましょう」

「ええ、そうね」

その後私達は深夜までかかって明日の出立の準備を始め……そして夜が明けた――