それは突然の出来事だった――


 グランダ王国に嫁いで半月ほど経過した頃の事。
朝食後、部屋で私は読書。ミラージュはハンカチに刺繍をしているとノックの音が響き渡った。

――コンコン

「はい、どなたですか?」

ミラージュが刺繍の手を止め、ドアに向かって声をかけた。

「私です……カーラです」

「な……何ですってっ!?」

途端にミラージュの顔色が変わり、ずかずかとドアに向かって歩くと乱暴に開けるとカーラがいた。

「あ……貴女、この2週間ばかり、一体何所へ行っていたのですかっ!」

ミラージュは身体を震わせながらカーラを指さした。

「え……? ちょっと実家に里帰りしてましたけど?」

しれっと答えるカーラにミラージュは切れた。

「さ、里帰りですって~っ! レベッカ様の専属メイドになったくせに!? しかもこちらに何の報告もせずに2週間もっ!?」

「ええ、いけませんか? アレックス様の許可は頂いていますよ?私の直接の雇用 主はアレックス様です。何か問題でもありますか?」

「も……も……問題って……問題だらけですっ!」

ミラージュは顔を真っ赤にして抗議している。それを見て明らかに不満そうに腕組みをしているカーラ。はっ! ま……まずい……っ!このままではミラージュのイライラがピークに達して……ほ、本性が……!

私は慌てて2人の元へ駆けより、間に入った。

「まあまあ落ち着いて、2人共。とりあえず、カーラ。これからはお休みに入るときは事前に私に連絡を入れてくれるかしら? こちらは貴女の姿が突然見えなくなって心配していたのよ?」

心にも無い台詞を言う。ああ……私はどんどん嘘つきになっている。

「レ、レベッカ様! 一体何を……もがっ!」

抗議の声を上げそうになったミラージュの口を塞ぐと、私は愛想笑いをカーラに向ける。

「え……? 心配していたんですか?」

すると意外そうな顔つきでカーラが尋ねてきた。

「ええ! 勿論よっ!」

コクコク頷くとカーラは少し考え込む素振りをする。

「そうですね……ではまた今度不在になるときは一応レベッカ様にも声をかけますね」

「何ですかっ!? 一応って……モガッ!」

私は再びミラージュの口を塞ぎながら尋ねた。

「と、ところでこの部屋を訪れたって言う事は私に何か用事があって来たのよね? 何かしら?」

「あ、そうでした。アレックス様がお呼びなんです。すぐにいらして下さい」

「え……?アレックス王子様が?」

まさか私を呼びだすなんて……。ひょっとしてランス王子の温室の果実のつまみ食いがバレてしまったのだろうか? 戸惑っているとカーラが急かしてくる。

「さぁ。早く行きましょうよ」

わたしは憂鬱でたまらないのに、一方のカーラは嬉しそうにしている。

「分かったわ。アレックス王子の所へ案内してくれる?」

「はい、では案内致しますね」

クラウディアの後に続き、私、そしてミラージュが部屋を出ようとしたとき――

「ストップ。ミラージュ様はここでお待ち下さい」

突然カーラはミラージュを止めた。

「は? 何故かしら?」

ミラージュは不機嫌そうにカーラを見る。

「アレックス王子様の命令なんですよ。『口うるさい侍女は連れて来るな。レベッカだけを連れて来い』って」

おおっ! メイドと言う立場でありながら……ついに私の事を呼び捨てにしたっ!

「あ、貴女……! よりにもよってレベッカ様をよ、呼び捨てに……!」
 
「さ、さあ! 早く行きましょうっ! ミラージュ、お留守番よろしくね?」

これ以上話がややこしくなる前にさっさとアレックス王子の元へ向かってしまおう。
私はカーラの背中を押すように部屋を後にした。


****

「こちらにアレックス王子様がいらっしゃいます」

クラウディアは得意げに言うと、ドアをノックした。

――コンコン

「入れ」

中からアレックス王子の声が聞こえてきた。

「はい」

カーラがドアを開け、私は部屋の中へ足を踏み入れた。

「失礼致します」

室内へ入ると、アレックス王子が窓を背に腕組みしながら立っていた。そして私に続き、カーラが中に入ろうとした時。

「カーラ。誰がお前にも入るように言った?」

アレックス王子はジロリとカーラを睨み付けた。

「え……?」

カーラは顔色を変えてアレックス王子を見た。

「し、しかし……アレックス様……」

「うるさいっ! お前は今日限りクビだっ! 何所へなりとも好きな処へ立ち去れっ!」

むちゃくちゃな事を言うアレックス王子。そんな……いきなりクビだとか、好きな処へ立ち去れと言ったって無理でしょうに。
私は他人事ながらカーラに同情してしまった。

「う……ひ、酷い……あれ程私達愛しあったのに……」

泣き出すカーラ。

「うるさいっ! あれは単なる遊びだっ! 勘違いするなっ! さっさと出て行けっ!」

おお……一応仮にも妻である私の前でこのようなやり取りをするなんて。

最低だ! 最低すぎる!
私は真底この2人の神経を疑ってしまった。

「うう……ひ、酷すぎますっ!」

泣きながら走り去って行くカーラ。
あっ! ずるい! 私も帰りたいのにっ!


「全く……やっと邪魔者が去って行った」

アレックス王子はカーラが走り去って行ったドアを見つめ、ジロリと私に視線を移した――