午前10時――

穏やかな太陽の温かい光が部屋の中にさんさんと差し込んでいる。

「ふう……食べたら何だか眠くなってしまったわ……」

ミラージュは先程侍女教育があるとかで侍女長と名乗る若いんだか、若くないのか良く分からない年齢不詳の女性に連れられて部屋を出て行ってしまった。そして始まる私の放置時間――

「もういいわ。どうせ私なんかアレックス王子に取って、いてもいなくても構わないお飾り妻なんだから。もう食っちゃ寝の生活に甘んじましょう」

かといって、朝からベッドで眠るのも何だか申しわけない気がする。そこでソファに並べてあるクッションをいくつか抱えて、カウチソファに運ぶと、寝心地の良い居場所を作る。

「え~と……ここにクッションを並べて……」

そして完璧な寝床を作り上げた私は早速ゴロリと寝転がってみた。おお! これは何て寝心地の良い……。これならすぐに眠りにつくことが……。

しかし、その時。

――コンコン

部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「は……はい……」

ウトウトしかけた私に一瞬で眠気を吹き飛ばす声が聞こえてきた。

「レベッカ様~私です。ビビアンです」

「まあ? ビビアン? 中へ入って来て?」

ガバッと起き上がり、私は何食わぬ顔で返事をしたけれども何故か心の中は妙な高揚感に包まれていた。多分私はビビアンがどんな言い訳をするか、期待していたのかもしれない。

「失礼します……」

ビビアンは何食わぬ顔で部屋へ入ってくると、いきなり頭を深く下げてきた。

「申し訳ございませんっ! レベッカ様っ!」

「まあ。一体突然頭を下げてどうしたのかしら?」

何食わぬ顔でビビアンに声をかける。するとビビアンはすぐに頭を上げた。

「いえ……昨夜アレックス王子をお連れするために迎えに行ったのに……その……今頃1人で戻ってきた事についてです」

「ええ。そうね。一体何があったのかしら? 教えてくれる?」

私には昨夜2人の間で何が行われていたのかは知っているけれども、とりあえず本人の口から聞いておきたい。

「よくぞ聞いてくれました! 私がアレックス王子のお部屋に行くと、何と王子は腹痛で苦しんでおられたのです」

「え……腹痛で……?」

ほほう……随分オーソドックスな言い訳ね。

「ええ、それで驚いた私は王子様の傍に一晩中付き添って看病していたのです」

「まあ、そんな事があったのね? 大変だったわね。でも知らなかったわ。まさかビビアンに医療の知識があったなんて」

面白味も何もない嘘の言い訳に私はこれ見よがしに頷いた。

「え? ええ……ま、まあそれほど大したことではありませんけどね? それよりもレベッカ様。アレックス王子様からの伝言です。任務の時間ですよ、に・ん・む」

「え……? 任務……?アレックス王子からの?」

何の事だか分からず私は首を傾げた――


****

夕方6時―ー

「はぁ~……もう、駄目……疲れたわ……。一歩も動きたくない……」

ようやく自室に戻れた私はソファにゴロリと横たわり、今日1日の出来事を振り返った。ビビアンの話した『任務』というのは城下町に点在する教会の慰問だった。そこではチャリティーと称し、バザーが開催されていて炊き出しのお手伝いやビラ配りを5時間以上立ちっぱなしで手伝わされた。
それなのに、私の付き添いのビビアンは何処かに行方をくらまし、バザーが終わる頃に何くわぬ顔で教会へ戻ってきたのだ。本当は一言、何か物申してやろうと思ったけれども疲れ切っていた私にはビビアンを相手にするだけの気力を持ち合わせていなかった。


ぐう~……

ソファに寝転がっていた私のお腹が派手に鳴る。

「遅いわね……ビビアン。食事を持ってきてくれることになっているのに……」

天井を見上げてすきっ腹と寝不足で思わずウトウトしていると、不意に廊下の方から騒がしい声が聞こえてきた。そして次の瞬間――

――コンコン

ノックの音と共にミラージュの声が聞こえた。

「レベッカ様、お食事をお持ちしました。中へ入っても宜しいですか?」

「まあ! ミラージュ? どうぞ、中へ入って!」

ミラージュが来てくれたっ!嬉しさのあまり弾んだ声で声を掛けると、ドアが開けられ……室内に入ってきたミラージュを見て、私は言葉を失ってしまった――