近くで人の話し声が聞こえてくる。

「全く……貴女って言う人は勝手にレベッカ様のお菓子を食べてしまうなんて!」

「だってあまりにもおいしそうだったし、『どうぞ』って渡してくるんだもの。誰だって自分にくれたと思うじゃない?」

「そんな話あるわけないじゃないですかっ! レベッカ様。美味しそうなお肉ですよ~」

するとすぐそばでお肉の香ばしい匂いを感じた。

え? お肉?

思わずガバリと飛び起きると、目の前にはお肉をフォークに突き刺して眼前に差し出すミラージュと、その様子をじっと見ているメイドのビビアンが立っていた。これは……まだ私は夢を見ているのかしら?

「あ……お肉……」

無意識に私はフォークに刺さっているお肉を咥えた。

パクリ

じゅわ~……

口の中に広がるジューシーな肉汁が食欲をそそる。……夢じゃないっ!

「美味しい……」

「良かった、レベッカ様。目が覚めたのですね?」

お肉の載ったお皿を抱えたミラージュが安堵の溜息をついた。

「良かったですね~目が覚めて」

まるで他人事のように、のんびりした口調で言うのはビビアン。

「私、一体どうしてしまったのかしら?」

キョロキョロ辺りを見渡し、自分がベッドの上にいる事に気が付いた。するとミラージュはお皿の上のお肉にフォークを突き刺し、私の口元に持ってくる。再び口を開けると、ミラージュはお肉を口の中に入れてくれた。

モグモグ……これはビーフかしら?

ミラージュはそんな私の様子を見ながら状況説明をしてくれた。

「レベッカ様はお腹の空き過ぎと、このメイドのお菓子の盗み食いを目撃したショックで目を回してしまったのですよ。そこですぐに夕食を用意してもらい、お部屋に運ばせて頂いたのです」

ミラージュは視線を部屋の中央にある大理石のテーブルに移した。そこにはずらりと料理が並べらている。

「あ……食事だわ……!」

思わず匂いにつられ、ベッドから降りて室内履きを履くと、急いで料理の並んでいるテーブルへと向かった。
するとそこには湯気の立つ温かいスープや、焼き立てパン、カクテルサラダにお魚のムニエル、スコッチエッグにクリームで煮込んだチキン料理……等々が食べきりサイズで用意されていた。

「まあ……何て美味しそうな……」

ぐぅ~……

私のお腹の虫が派手に鳴る。ハッ……あの2人に聞かれてしまったかしら?
しかし、背後を振り返ると何やらミラージュとビビアンは口論をしている……と言うか、一方的にミラージュがビビアンに文句を言ってるみたいだけれど……お願い、どうかミラージュ。興奮して本性だけは現さないでね?

私は椅子に座り、フォークとナイフを握り締めた。

「さ、頂きましょう」

にっこり微笑むと、目の前の豪華な料理に手を伸ばした――


「ふう~……美味しかったわ」

食事を開始して40分。私は見事に完食した。

「どうですか? レベッカ様。美味しかったですか?」

ミラージュがニコニコしながら尋ねてきた。

「ええ、とっても」

時計を見ると、もうすでに夜の8時を回っていた。あ、そう言えば食事に夢中になっていて気が付かなかったけれども、部屋の中では天井のシャンデリアの炎が灯されているし、部屋の要所要所に設置されたオイルランプにも火が灯されていた。

「ほら、何をしているのですか? 貴女の仕事はレベッカ様のお世話でしょう? すぐに食器を下げてきて頂戴」

ミラージュはテーブルの上の空になった食器と、傍に置いてあるワゴンを交互に指さすとビビアンに命じた。

「は~い……」

ビビアンは面倒臭さそうに返事をすると、カチャカチャと音を立てて、食器をワゴンに全て乗せると無言で部屋を立ち去って行った。

――バタン

扉が閉じられると同時にミラージュが怒りを抑えた口調で文句を言った。

「見ましたか? あのメイドの態度。あんなメイド、今すぐ即行でクビにするべきですよ! ク・ビッ!」

「まあまあ……ミラージュ、落ち着いて。今夜はもう私1人で大丈夫だから。貴女はお部屋に戻って休んで頂戴?」

「ですが……」

ミラージュは尚も渋り続けていたけれども私の説得に応じ、ではまた明日の朝伺いますねと言って部屋から去って行った。そして1人きりになった私。

「さてと、クローゼットに私の服でもしまおうかしら」

クローゼットに向かい、ガチャリと開けて目を見張った。

「え……? な、何これ素敵~っ!」

中には煌びやかなドレスがぎっしり詰まっている。

「え? じゃあ全部ドレスが入っているのかしら?」

ワクワクしながら次のクローゼットを開け、絶句した。そこにあるのはいわゆるナイトウェアというものだろうか? 薄い透けるようなドレスばかりで、胸元は全てほどけやすいように? リボンになってる。

「全く趣味の悪いナイトウェアねえ。誰がこんなの着るのかしら? もう少しまともなものはないの?」

ごそごそ漁っていると、リネンの手触りの良いネグリジェが見つかった。

「そうそう、こういうのがいいのよね~」

満足してクローゼットをパタンと閉じた所にノックの音がした。

「どうぞ~」

「失礼致します」

すると扉を開けて入ってきたのは見知らぬメイドだった。

「さあ、レベッカ様。湯あみの準備を致しましょう」

へ……湯あみ?

「あ、あの……どうして湯あみを?」

まだそんな時間じゃないよね?

「それは当然の事ではありませんか? 今夜はアレックス王子様とレベッカ様の初夜ではありませんか?」

「え……?」

しょ、初夜って……嘘でしょう?

「ま、まさかね?」

こんな状況で……ヤルつもりですか?