「あの、ランス王子。私が何故アレックス王子と離婚を決意したのか、分かりますよね?」

私は荷造りの手を止めずに尋ねる。

「ああ、そんな事は分かっている、レベッカ。でも大丈夫だよ。もうアレックスは心を入れ替えたから。ついさっきリーゼロッテとは別れたんだよ」

「「は??」」

私とミラージュはあまりにも唐突な話に耳を疑った。

「別れたって……。あの2人、私たちが部屋を訪ねた時、姦通していたんですよっ!?」

「か……姦通……? あ、あまりレディがそいう台詞を大声で言うべきものじゃないと思うな」

ランス王子が顔を赤らめる。

「だってそんなの事実じゃないですか! ありのままの事を話して何が悪いって言うんですのっ!?」

ミラージュはプンプンしながらも、手は休めずに次々と衣装をトランクケースに入れている。

「と、とにかくアレックスの話を聞いてやって欲しいんだ。それにさっき伝令で父上が国境を越えてこの国に向かっている事も分かったんだよ」

ランス王子がおろおろしながら話をしていると、そこへアレックス王子が現れた。
フロックコートにトラウザー姿とビシッと決めて現れたけれど今の私の目には道化師が着なれない服を無理に着込んでいるようにしか見えなかった。しかも右手を何故か後ろに隠している。

「あ……そ、その……レベッカ。実は君に大事な話があって急いでここまでやって来たのだよ」

アレックス王子は愛想笑いを浮かべながら、私に一歩近づいて来た

「は?」

私は思い切り冷たい目でアレックス王子を見た。まさか私の傍に来るつもりでは? 冗談ではないっ!

「私に近付かないで下さい!」

ピシッ!

途端にアレックス王子の足元に氷が張り、ブーツの靴底が氷にくっつく。


「う、あ……足がっ! 氷に張り付いた!」

アレックス王子は両足を動かす事が出来なくなり、バランスを取ろうと両手をブンブンと無様に振り回した。すると右手に薔薇の花束が握り締められているのがばっちり見えた。

「まあ! アレックス王子のくせに薔薇の花束なんか持ってるわっ! 気持ち悪っ!」

ミラージュが露骨に嫌そうな顔をする。

「う……うるさいっ! お前に渡すわけじゃないのだから別にいいだろう!」

「な……何ですって!? アレックス王子から花束なんて受ける事を想像するだけで気絶しそうですわっ!」

「何だと…っ!」

激しく応戦を繰り広げるアレックス王子とミラージュを見つめながら私は考えた。
ミラージュに渡すわけではない……となると……?
私は隣に立ち、アレックス王子の様子を心配そうに眺めているランス王子を見た。

「え? 何?」

ランス王子は私を見ると尋ねてきた。

「いえ、別に」

う~ん……2人は母親こそ違えど、れっきとした兄弟だ。弟から兄に敬愛の意を込めて薔薇の花束を贈る……あり得なくない話ではあるが、ちょっと考えにくい。

となると……?

「アレックス王子……まさか、私にその薔薇を渡すつもりで持ってきたわけじゃないですよね?」

念の為に聞いてみた。すると……。

「ああ、そのまさかだ。レベッカ、俺は君に改めて求婚する為に薔薇の花束を持ってきたのだ。さぁ、もう一度2人で結婚式をやり直そう」

ニコニコしながらアレックス王子は無理な姿勢で身体を伸ばし、私に薔薇の花束を差し出してきた。

な……何ですって……!?

「は……? ふざけるのもいい加減にしなさ~いっ!!」

とうとう私は我慢の限界で叫んでしまった。

キーンッ!!

震える空気。

パリーンッ! パリーンッ!

はじけ飛ぶ鏡に部屋中の窓ガラスが割れていく。

「うわあああっ!! な、何だっ!? 何が起こっているんだっ!?」

私の力の現象を目の当たりにして両耳を押さえて叫ぶランス王子。しかし、アレックス王子は違う。いや、耳を押さえているところまでは同じだが、不気味な高笑いをしているのだ。

「フアッハッハッハッ……!! そうだ……! これだっ! 俺が欲しいのはこの魔女の力なのだぁっ!! さすが我妻、レベッカだ!」

プッチ~ンッ!!

「ハグッ?!」

「ま……また私の事を『妻』と言いましたね~っ!! お黙りなさいっ!! それに私は魔女などではありませんっ!!」

再び、アレックス王子の口を無理やり閉じると私は叫んだ――