(前回の続き)


学校の遠足の途中、足を踏み外して崖下に落ちてしまった莉子。


莉子「すいませーん。誰かーーっ」


莉子は崖下から何度も大声を出して助けを求めるも、崖の上を人が通りかかる気配は全くない。

莉子は、落ちたところから上によじ登ろうとしたが、足を痛めてしまい思うように動けず。

スマホも圏外のため、これ以上為す術もなく莉子がじっと体育座りしていると、だんだん冷えてきた。


莉子(今は4月末とはいえ、山の上は寒いなぁ)


さらに小雨がぱらついてきて、視界も悪くなってくる。


莉子(どうしよう。もしこのまま、誰にも見つけてもらえなかったら……)


寒さで体がガクガク震え、不安で目には涙が浮かぶ莉子。



〇山頂・佐藤くんの捜索開始から30分後


担任の山下先生が、行方不明だった佐藤くんと一緒に戻ってきた。


佐藤「みんな、迷惑かけてごめん。落とし物に気づいて、探しに行ってたんだ」

担任「佐藤、無事で何よりだが。こういうときは、黙ってひとりで勝手にどこかへ行ったらダメだろう!」

佐藤「はい、すみません……」


佐藤が担任の山下から注意を受けるなか、少しして男子の学級委員・本田と隣のクラスの担任も戻ってきた。


しかし、それから10分、15分と経っても莉子だけが姿を現さない。


千帆「あの、山下先生。莉子見ませんでしたか? まだ戻ってきてないんですけど」

担任「なに!? 横山はまだ戻っていないのか!?」


莉子の友人・千帆の言葉に焦る担任。


そんな二人を見た灰島は、スマホで莉子に電話をかけるが……。


【おかけになった番号は……】

圏外を知らせる音声が、流れるだけ。


灰島「……くそっ!」

莉子のことが心配で、居ても立ってもいられなくなった灰島は山頂から駆け出す。


担任「あっ、ちょっと灰島!?」

灰島「すいません! 俺、横山さんのこと探してきます!」



それから早足で、無我夢中で山を下りていく灰島。


灰島「はぁ、はぁっ……莉子、どこだ!?」


灰島モノローグ『莉子は知らないだろうけど。俺は、高校生になる前から莉子のことを知っていた。そして俺は……お前のことが好きだ』


〈回想〉灰島の中学時代


灰島モノ『俺が莉子と出会ったのは、俺がまだ中学3年生だった頃。
あの頃の俺は、毎日のように誰かとケンカしていた』

灰島モノ『当時、俺が通っていた中学校は、学校自体が荒れまくっており、校内ではふたつの不良グループが存在。グループは対立していたため、常にやり合っていた。

俺が不良になったきっかけは単純で、中学で仲良くなった友達や周りがそうだったから』


〈灰島が不良を、ボコボコに殴るシーン〉


灰島モノ『俺は毎日ケンカ三昧で、当時ケンカでは負け無し。友達と、学校もよくサボっていた』



○中学3年の夏休み・街中(午前中)


ある日灰島が街中をひとりで歩いていると、ドカッ! といきなり背後から不良たちに襲われた。


灰島「ぐはっ……!」


道に倒れ込んだ灰島が見上げると、彼を背後から殴ったのは学校で対立しているグループの人たち。
※ガタイのいい、柄の悪そうな男が5人ほど。


不良のリーダー「ははっ、いいぞお前ら、もっとやれ」


ドカッ、バキッ!

リーダーの指示で、手下たちは灰島を殴ったり蹴ったりを繰り返す。


灰島「お前ら、こんな大勢で……卑怯だぞっ」

灰島(5対1なんて、やり返したくてもさすがにやり返せない……)

不良「おいおい。こいつ、思ったよりめちゃくちゃ弱いじゃん。ギャハハ」


灰島をしばらく殴り続けると、不良たちは満足したのか、その場を後にする。


灰島(くそ……まさか集団でやられるなんて、完全に油断してた)


去っていく不良たちの背中を、睨みつける灰島。
体中キズだらけで、彼の口からは血が流れている。


灰島(このままアイツらにやられっぱなしなんて悔しいけど……身体中が痛くて動けねぇ)


道端にうつ伏せになりながら、灰島は顔を歪める。


通行人1「あら、やだ。ケンカ?」
通行人2「怖いわね〜。早く行きましょう」


道端で血を流して倒れている灰島を、通りすがりの人はジロジロと変な目で見ていくだけ。


何とか起き上がった灰島が、うつむき道端で座り込んでいると、近くを通った人がヒソヒソと何か話しているのが聞こえてくる。


女子「ねぇ、あの人大丈夫かな……」


その声に灰島が顔を上げて見ると、そばに立っていたのは自分と同年代の女子二人。


サラサラのロングヘアに眼鏡をかけた真面目そうな女子と、三つ編みの小柄な女子。
〈※中学時代の莉子と千帆で、街でショッピングをしている途中〉


灰島(なんだよ。人のことジロジロ見てないで、さっさと行けよ)


そう思いながら睨む灰島に反して、莉子は心配そうな顔つきで彼の前にしゃがみこむ。


莉子「あの……大丈夫ですか?」
※首を傾げながら、怖々と

灰島「……別に、お前には関係ないだろ。俺に構わないでくれ……痛っ」


口の端が切れている灰島は、喋ると痛みが走り顔を歪める。


莉子「えっと、これ、良かったら……」


莉子はバッグから絆創膏を取り出し、灰島の唇のそばにそっと貼った。


千帆「ねえ、莉子。こんな不良に関わると危ないよ。何されるか分かんないから、もう放っておこうよ」


莉子の腕をとり、後ろからグイグイと引っ張る千帆。


灰島(何されるか分かんないって。俺だって、むやみやたらに人を殴ったりしねえよ)


千帆の自分へのひどい言い様に、イラッとした灰島は千帆を軽く睨む。

それに気づいた千帆は、「ひいっ」と身震い。


莉子「平日のこの時間だと、まだ空いてるよね……病院」※ポツリとつぶやく

莉子「あの、病院行きましょう! 不良さん、立ってください」〈※灰島の腕をつかむ〉

灰島「は? 不良さん!?」

莉子「ごめんなさい。あなたの名前、知らなくて……」

灰島「ていうか、俺のことはいいから。放っておいてくれ!」
〈※自分の腕を掴んでいた莉子の手を振りほどく。〉


莉子「ダメですよ。怪我人をひとりで放っておくなんてできません」

〈※今は灰島を助けることしか頭にないため、彼に手を振りほどかれても気にする様子はない〉


莉子「ねぇ、千帆。ごめん、この人を立たせたいの。手伝ってくれる?」

そして莉子は、千帆と一緒にそれぞれ片方ずつ灰島の脇に腕を通し、二人で支えながら近くの総合病院へと連れて行った。



○病院・受付付近


莉子「すいません。この人、お願いします」

看護師「あらあら、大変!」


近くを通った看護師に声をかけ、莉子と千帆は灰島を引き渡す。


莉子「では、私たちはこれで……あとは、よろしくお願いします」

看護師に声をかけると、背を向けて歩いていく莉子たち。


灰島「あの……ありがとう。隣の友達も、サンキューな」

莉子「いえ。早く良くなるといいですね」

少し照れくさそうに灰島がお礼を言うと、莉子はニコッと微笑み、隣の千帆はペコッと軽くお辞儀。

〈※このとき、莉子の笑顔を見た灰島はドキッとする。〉


灰島モノ『俺は、このとき莉子が見せてくれた花がほころぶような笑顔を、すごく可愛いなって思った』


看護師に支えられながら、灰島は千帆と歩いていく莉子の背中をじっと見つめる。


千帆「そういえば明後日、‪K高校のオープンキャンパスだよね。莉子は行くの?」

莉子「うん。そのつもり」

灰島(K高校……か)


看護師「ほら、行きますよ。怪我、早く手当しないと」


看護師に促され、灰島は診察室のほうへと向かって歩いていく。


灰島モノ『あの日から俺はずっと、優しい莉子のことが忘れられなくて。』

『彼女にもう一度会いたい。会って、あのとき助けてもらった恩返しがしたいと思った俺は、それからは不良グループを抜けてケンカもやめた。
そして心を入れ替えて、必死に勉強して。一か八かで、あの日莉子たちが話していたK高校を受験することにした』


 ・学校の授業を真面目に受ける灰島
 ・机の上に参考書を広げ、家でも懸命に勉強する灰島


灰島モノ『そして俺は合格ラインギリギリながら、なんとか無事K高校に合格。
高校に入学して、俺は奇跡的に莉子と同じクラスになり、彼女と再会を果たしたのだった』


〈回想終了・山のシーンに戻る〉


灰島「莉子ーっ! 莉子、どこだー?」


小雨が降るなか、灰島は険しい斜面や道なき道を進む。


灰島モノ『高校で再会してからも、莉子は俺のことを見た目で判断せず、あの日と同じように変わらず優しくて』

灰島モノ『苦手なはずの料理の練習も、一度も根をあげることなく頑張っていて。勉強も学級委員の仕事も、どんなことも莉子は一生懸命で。すごく良い子だなって思った』


 ・灰島とカレー作りの練習をする莉子
 ・担任から頼まれた雑用に取り組む莉子


灰島モノ『そんな彼女だから、俺は少しでも何か役に立ちたくて、料理の練習にも付き合いたいって思った。
そして、莉子と過ごすうちに俺はどんどん惹かれていって。気づいたら、彼女を本気で好きになっていた』

灰島(だから……こんな不良の俺だけど。いつか莉子に、自分の気持ちを伝えられたらな……)


灰島「……まずい、雨足が強くなってきた」


どんよりとした空を、睨みつける灰島。


灰島「早く見つけないと、やばいな。莉子、どうか無事でいてくれ」


飛び出した木の枝をかき分けて前を見据えると、灰島は歩く速度を早めた。



○崖下


雨に濡れた莉子はうずくまりながら、寒さでブルブル震えている。


莉子(どれくらいの時間が経ったんだろう。電波がないから、助けを呼ぶこともできない)

莉子(私、ずっとこのままなのかな……ここで、息絶えるの?)


つい弱気になりながら、だんだん意識が朦朧としてきたとき。


灰島「莉子ーーっ!」


灰島の声がかすかに聞こえ、莉子の耳がぴくんと反応する。


莉子(うそ、灰島くん!?)


灰島「莉子ーーっ! いたら返事してくれーーっ!」

莉子「灰島くんっ! ここっ……ここだよっ……!」


莉子は最後の力を振り絞り、声をはり上げた。


灰島「莉子、もしかして下か!?」

莉子の声に気づいた灰島が、崖の上から顔を覗かせた。

莉子「灰島くん……!」

灰島の顔を見た途端、莉子はじわっと目頭が熱くなる。


灰島「大丈夫か!? すぐ行くから、待ってろ!」


灰島は身を低くして、ジャンプする体勢を作る。


莉子「すぐ行くからって、まさか……灰島くん、飛び降りる気!? あ、危ないよ」


すると灰島はためらいなく地面を蹴り、崖の上から莉子がいる下まで飛び降りた。
〈※崖から下は、2階建ての建物の高さほど。〉


莉子(きゃ───っ!)


声にならない悲鳴をあげ、顔を両手で覆う莉子。
落ちてきた灰島は、膝を曲げて綺麗に着地。


莉子(えっ、灰島くん……すごい)※目が点

莉子「あ、あの。灰島くん、大丈夫? 足折れてな……」

灰島「俺は大丈夫だ。莉子は!?」

莉子「私は、足を少し捻っただけで……」

灰島「そっか。はぁ、良かった。良かったって言って良いのか分からないけど、もし莉子に何かあったら俺……」

灰島は莉子の背中に腕をまわし、彼女を抱き寄せる。


莉子「お、大袈裟だよ。灰島くん……」

※いきなり抱きしめられ、心臓が尋常じゃないくらいにドキドキする莉子。


灰島「大袈裟なんかじゃねえ。俺、どれだけ心配だったか……」

灰島の莉子を抱きしめる腕に力がこもる。


莉子「でも……来てくれてありがとう。灰島くん」「本当は私……すごく不安だったんだ」〈※灰島の背中に腕をまわす。〉


莉子(灰島くんに……男の子に、こうして抱きしめられるのは初めてで。すごくドキドキするけど)

莉子(それ以上に今は……灰島くんのこの温もりが、なぜかとても安心できた)