○遠足当日の朝。


莉子たちは大型バスに乗り、山の麓までやって来た。

※生徒は学校の体操服姿、頭には帽子をかぶっている。


事前にくじ引きで決まっていた班ごとに分かれ、ハイキング開始。

莉子は同じ班の蒼真たちと、険しい山道を登って行く。


女子1「ねえ。これってハイキングっていうよりも、普通に山登りじゃない?」

息を切らしながら、同じ班の女子生徒が文句を言う。

女子2「だよねー。あたし体力には自信あるはずなのに、結構キツいわー」

バレー部のショートヘアの子も、はぁはぁ言っている。


そんななか、莉子は班の子たちと話す余裕もなく、ただ足元を見ながら歩き続ける。


莉子(あとどのくらいなんだろう……少し疲れてきたな)


上り下りのある山道。莉子の首筋には汗がにじみ、だんだん息も切れてきた。


そんなとき、莉子の目の前にスッと手が差し出される。


莉子「谷崎くん……?」


差し出された手の主は、蒼真。


蒼真「この辺りは足場が悪い。転ぶといけないから、良かったら俺に掴まって」


蒼真に言われて莉子が辺りに目をやると、ゴツゴツとした岩場に差し掛かっていた。


莉子「あっ、ありがとう」


蒼真の優しい気遣いにときめきながら、莉子はその手を取った。


灰島「……」


そんな莉子と蒼真の様子を、後ろの少し離れたところから、別の班の灰島が切なげな顔で見ていた。



○1時間後・山頂


莉子「うわあ、きれーい」


山頂に到着した莉子は、そこから見える自然豊かな景色にテンションが上がる。


莉子(しんどかったけど、頑張って登ってきて良かったあ)


担任「はい。みんな集合ーっ!」


担任に呼ばれ、生徒たちはそれぞれ班ごとに整列する。


担任「これからそこの施設で、昼食のカレー作りを行う」


山頂にある『青少年の家』という施設を指さす担任を見て、ハッとする莉子。


莉子(そうだ。山を登りきって満足しちゃってたけど。これで終わりじゃなかった……!)

莉子(私にとっての、今日一番の難関がまだ残ってたんだったぁー)


両手と両膝を地面につけて項垂れる莉子。



○山頂の施設内


蒼真「俺、飯盒(はんごう)洗ってくるよ」
莉子「それじゃあ私は、野菜洗ってくるね」


野菜を手に、莉子が水道のところへ向かうと。


灰島「あっ」


ちょうど灰島も野菜を洗いに来ており、バッタリと会った。


莉子「お、おはよう。灰島くん」
莉子(って、もうお昼だけど。今日初めて話すから、一応挨拶を……)

灰島「……うっす」

莉子「昨日は、ありがとうね」

灰島「こっちこそ。つーか莉子、なんて顔してんだよ」

莉子「なんて顔って……」
※灰島に言われてムッとするが、いつもよりも少し元気のない様子


そしてイケメンの灰島がいきなり自分の顔を覗き込んできて、莉子はドキドキ。


灰島「これじゃあ、せっかくの可愛い顔が台無し」

莉子(か、可愛い顔!? まさか灰島くんの口からそんな甘いセリフが出てくるなんて)

莉子の顔が、少し赤らむ。

灰島「どうした? もしかして、緊張してんの?」

灰島に尋ねられた莉子は、素直にコクッと頷く。


莉子「家での練習のときは、いつも隣で灰島くんが見ててくれたけど。今日はそばにいてくれないんだなって思うと、なんか不安で……」

灰島「不安……か」
※少し考える素振りを見せる。


灰島「莉子、ちょっと一緒にこっち来て」
莉子「えっ?」


莉子は灰島に手を引かれ、人気のない隅っこへと連れて行かれる。


灰島「なあ、莉子。手、出してみて」
莉子「手?」


灰島に言われたとおりに、莉子が右手を伸ばして前に出す。

莉子の真っ直ぐ突き出した手のひらに、灰島が自分の手のひらを合わせてきた。


そして二人の合わさった手に灰島が指を1本1本絡め、ギュッと握りしめる。


莉子「ちょっと、灰島くん!?」

莉子(どうして手なんて繋ぐの!?)


灰島と繋がれた手が熱を持ち、莉子の胸の鼓動が速まっていく。


灰島「莉子に、俺のありったけのパワーを送っとく」


灰島の握りしめる手に、力がこもる。


莉子(さっきのハイキングで谷崎くんと繋いだときとはまた違う、ゴツゴツとした大きな手。すごく温かい)


灰島「この二週間、莉子は一度も弱音を吐かずに、この右手を使って何度も頑張って練習してきたんだ。だから、絶対に大丈夫。莉子ならできる」


 ・莉子と灰島が、莉子の家で一緒に料理の練習をする回想シーン


莉子(灰島くんに『大丈夫』『できる』って言われたら、本当に大丈夫な気がしてきた)


莉子は灰島と繋いでいる手にグッと力を入れて、微笑む。

莉子「ありがとう、灰島くん。私、頑張るね」



それから莉子は、水道で玉ねぎやじゃがいもを洗い、班のみんなのところへと戻る。


女子1「あっ、横山さん。野菜ありがとう」

莉子「ううん。それじゃあ、皆で野菜切っていこうか」

率先して、洗った野菜を包丁で切っていく莉子。


女子2「横山さん、すごーい。上手だね」

蒼真「ほんと。勉強だけでなく、料理もできるなんてすげえな」

莉子「そ、そうかな?」

莉子(やった! 谷崎くんたちに褒められちゃった)

蒼真や同じ班の女子の言葉に、内心ガッツポーズする莉子。


女子1「ねえ、横山さん。わたしにも切り方教えて〜」

莉子「うん、いいよ。野菜を切るときは、野菜を押さえるほうの手を猫の手にして……」


灰島から教わったことを、同じ班の子たちにも伝えながら、カレー作りは順調に進んでいった。



○1時間後・山頂の施設


施設のテーブルの上には、湯気の立つカレーライスが並ぶ。

複数の生徒たちの「いただきまーす」という声と、手を合わせる絵。


蒼真「やば。このカレーめっちゃ美味い」


笑顔でカレーをがっつく蒼真を見て、莉子は頬がゆるむ。


莉子(谷崎くん、あんなに美味しそうにカレーを食べてくれて嬉しいな)

莉子「うん、美味しい」〈※みんなで作ったカレーを一口食べる〉

莉子(カレー作りも、なんとか失敗せずに終わったし。これも全部、灰島くんのお陰だね)


ふと、莉子が灰島のほうを見ると、ちょうど彼も莉子のほうを見ていた。

灰島と目が合い、ドキッとする莉子。

そして莉子がペコッと頭を下げると、灰島は口パクで「良かったな」と言い、微笑んでくれた。



○施設外・山頂


カレーの後片づけを終えて少しの自由時間のあと、下山する時間となった。


男子の学級委員「先生! 佐藤がどこにもいません」
担任「なに!?」


点呼をしていた男子の学級委員・本田くんが、焦ったように先生に報告。

佐藤くんの友人がスマホで連絡をとってみるも、圏外で繋がらない。


担任「ちょっと、本田と隣のクラスの先生と一緒に探してくるから。お前らはここで待っててくれ」

莉子「あの、山下先生! 私も探しにいきます」

自分も本田と同じ学級委員だからと、莉子は自ら名乗りをあげる。


担任「良いのか? 横山。助かるよ」
莉子「いえ」


30分経ったら山頂に戻ると先生たちと約束し、莉子は行方不明の佐藤くんを探しに行くことに。


莉子「佐藤くーん! いたら返事してーっ」


佐藤の名前を呼びながら莉子が無我夢中で歩いていると、いつの間にか山道から外れた崖のところまで来てしまった。


莉子(佐藤くんも、さすがにこんなところまでは来ていないか……)


莉子がキョロキョロ見回すも、辺りは人っ子一人いない。


莉子(もうすぐ30分経つし、そろそろ山頂に戻ろう)


スマホで時刻を確認し、莉子が崖から引き返そうとしたとき。


ヒュウウウーッ!(風の音)


莉子「あっ、帽子が……!」


突如強い風が吹き、莉子がかぶっていた帽子が飛ばされてしまう。


飛んだ帽子を追いかけようと足を何歩か前にやったとき、帽子だけしか見ていなかった莉子は崖の先から足を踏み外してしまった。


ズルッ───。


ふわりと宙に浮いたような感覚があり、莉子の視界はひっくり返った。


莉子「きゃあっ!!」


身体に強い痛みを感じながら、莉子の視界がグルグル回る。


莉子(やだやだ! どうしよう!)


自分の身に何が起きたのかよくわからないまま、ドサッと莉子は崖下に着地。


莉子「……いったあ……」


顔をしかめ、腰をさすりながらどうにか立ち上がった莉子は、ようやく事態に気づく。


莉子(えっ、うそ。ここって……)


視線を上にやると、先ほどまで自分が立っていた場所が見え、サッと青ざめる莉子。


莉子(私……崖下に落っこちたの!?)


急な斜面を滑り落ちたせいで、莉子は全身土まみれ。


莉子「すみませーん! 誰かいませんかー!」


莉子が上に向かって叫ぶも、聞こえるのはサワサワと揺れる木の音だけ。


莉子「すいませーん! すいませんっ!!」


パニックになった莉子は、大声で何度も助けを呼ぶが全く反応はない。


莉子の額には薄らと汗が滲み、ドクンドクンと胸の鼓動が速くなる。


莉子(ああ、やっぱりスマホは今も圏外で連絡できない。ど、どうしよう……)