七月の終わり、夜になり煌々と明かりのついた街路は、むせ返りそうな熱気で溢れかえっている。
 ()()()(づくり)の邸宅は、和食が恋しいという海外帰りのお客様のために手配した隠れ家的存在の料亭だ。
 今日の会食は、嶺さんがもてなす側。私は会食相手へのおもたせを渡すために、嶺さんに続いて車を降りようとした。
 ところが、ドアを開けて私が降りるよりも早く、先に降りた嶺さんが助手席のドアの隙間から私が手にしていた紙袋をひょいと取りあげた。

「俺が持っていく」
「ですが、本日はこちらが接待する側ですし、お客様には私からお渡ししたほうがよいかと」

 今日の会食相手は、いくつもの街づくりを手がけ、ブランド化してきたディベロッパーの常務取締役役。
 同社が三年後に開業を予定している、ホテルや文化施設、商業施設や医療モールなどを揃えた複合施設『(とう)(きょう)リンクス』に、東堂時計の()(かん)(てん)をオープンさせるべく、嶺さんは目下交渉中だ。
 国内でも注目度の高い高級複合施設に自社ブランドの、最高級ラインだけを扱う店舗をオープンさせるのは、東堂時計の販売戦略においても重要な位置付けだった。
 つまり今日は相手を立てつつ、東堂時計が東京シックスにとっても魅力的なパートナーになり得るところを示さなければならないのだ。