「なんですか、これ……!?」

 ホテルスタッフがきびきびとした動作で、大量の服を吊り下げたハンガーラックを運び入れる。ラックにかかっているのは、どれも女性物の服だ。

「どれでも好きなものを選びなさい。迷うときは彼女に相談すればいい」

 嶺さんが視線を向けた先を追うと、黒のドレッシーなシャツと細身のパンツに身を包んだスレンダーな女性が頭を下げた。

「奥様にお目にかかれて光栄です」

 私もお辞儀をしたけれど、展開が急すぎる。

「え、えっ!? ちょっ、頭がついていかないんですが」
「姉が昔から懇意にしているフリーのスタイリストで、彼女なら知沙に似合う服装を提案してくれるはずだ」

 疑問しか浮かばないのだけど……!
 服を買うなら駅前の量販店でじゅうぶんなのに、ホテル?
 しかもこちらが買いにいくのではなくて、部屋まで持ってこさせる? それもスタイリストつきで?
 嶺さんはファッションでもある時計を扱う商売柄、ファッション業界の知り合いも多いだろう。外見にこだわりがあってもおかしくない。
 けれどここまでされるなんて、まったくの想定外で。
 お代をどうしたらいいんだろうとこっそり考えていると、「お金のことは気にしないでくれ」と釘を刺された。見抜かれている。
 うろたえながらも、私はさらに疑問を口にした。

「嶺さん、どうして急に服なんか……」
「君は、抑圧を受けていい女性じゃない。これからも、君には君が心から望む服を着てほしい。そう思うだけだ」

 服装の件をちらっと(こぼ)しただけで、私のためにここまでしてくれるの?
 形だけの妻、しかも離婚を申し出ている妻に?

 まただ。たまらない気分がこみあげてくる。