「嶺さん!? どうしてここが……」
「それはあとで。……羽澄久(ひさ)(ふみ)さんですね、ご挨拶が遅れました。知沙さんの夫の東堂嶺です」

 嶺さんは私の隣に立つと、洗練された仕草でお辞儀をした。たったそれだけだけど、持って生まれた風格がにじみ出る。
 伯父さんの名前をフルネームで呼んだのにも、気圧されるほどの凄みがあった。
 伯父さんはつかのま怯んだ様子だったけれど、嶺さんに軽く挨拶すると私のほうを鋭く見据えた。

「知沙が呼んだのかい?」
「いえ、昴君から知沙さんが羽澄さんと会っておられるとうかがいましたので。せっかくですから私も挨拶させていただこうと思いまして」

 嶺さんは隣の席に腰を下ろすと、私より先にそつのない調子で答える。

「なんでも、長く羽澄さんが知沙さんたちの面倒を見てこられたとか。身内とはいえ、頭が下がります」

 嶺さんは涼しげな笑顔を崩さない。
 だけど、そこはかとなく冷たい威圧感を覚える。
 内心、なにが始まるのかとひやひやしてしまう。

「ああ、いや、それほどでもない。ふたりともいい子だから当然のことをしたまでで」

 さっきまでとは別人のようにうろたえる伯父さんに、嶺さんはさらに畳みかけた。

「あなたのような人徳者が身内にいらして、知沙も私も(ぎょう)(こう)です。次回は私もぜひ同席させてください。次回があるなら、ですが」
「は……?」
「よろしいですね?」

 二の句を継げないでいる伯父さんに冷たい視線を投げつけると、嶺さんは悠然と立ちあがった。

「ああ、それとひとつだけ。私と知沙さんの夫婦の縁こそ決して切れませんから、ご心配なく」

 私も嶺さんにうながされて席を立つ。背中に添えられた手のぬくもりに深い安堵が押し寄せた。