飲み終えた缶コーヒーが手の中で潰れた音で、正気に返る。そのとき、俺のスマホが振動した。私用のほうだ。
 俺はなにげなくパンツのポケットから取りだし、SNSの着信メッセージのポップアップを見た。

「嶺? どした?」

 目を見開く。弾かれたように立ちあがった俺を、深行が怪訝そうに見た。

「知沙が……。いや悪い、急用ができた。お前、今日は車か? だったら貸してくれ」
「いいけど、お抱えの運転手は?」
「呼ぶ暇が惜しい、早く!」

 いぶかしげに放り投げられた車の鍵を、ひったくるようにして受け取る。次の瞬間には、社長室を飛び出していた。

「あれこそ衝動で動いてるってことじゃないの?」

 背後で不破が小さくつぶやいたが、頭の中は知沙からのメッセージでいっぱいだった。

【嶺さんを】
【呼んでも……いいですか?】

     *

「――わかった、知沙」

 伯父さんが口元を歪めた。テーブル上の封筒を受け取り、中身をたしかめる。

「薄情に育った娘を見れば弟が悲しみそうだが、私はかまわないよ」

 薄情、父が悲しむ、という響きがちくりと耳を刺すけれど、話をわかってもらえたみたい。
 今にも逆上しそうだっただけに、拍子抜けして深々と息をつく。テーブルの下で無意識に握りしめていたスマホから手を離した。