――昨日の夜。何度目かわからないため息が無意識に漏れると、隣に座っていた嶺さんが自身のタブレットをいじる手を止めた。

『集中できていないな。今日はここまでにしよう』
『すみません! やります、続けてください』

 夜の勉強は、今や大事な習慣となっている。いつのまにかスリープしていたノートパソコンのキーボードを、私は慌てて叩いた。ヨーロッパの時計業界に関するレポートが画面に表示される。
 ところが、横から伸びてきた手がノートパソコンを引き寄せると、ファイルを閉じて電源も落としてしまった。

『……すみません』
『いいから』

 嶺さんが空になった自分のマグカップを手にキッチンに立つ。私は画面の暗くなったパソコンを前にうなだれた。
 昼間、職場で失敗をしてしまった。お客様にお送りする封書の中身を取り違えたのだ。
 さいわい、笠原さんが直前で気づいてくれたおかげで大事には至らなかった。
 でも嶺さんからの注意はもちろん、笠原さんにも叱責された。

『そんな初歩的なミスで、社長の秘書を名乗れると思ってるの? こんなこと言いたくなかったけど……前から、知沙ちゃんでは社長のサポートは無理、私が社長秘書に戻るべきなんていう話まで聞こえてきてたのよ。もちろん、私は知沙ちゃんが頑張っているのを見てるから笑い飛ばしたわ。でも、これが続くなら……考える必要があるわ』

 嶺さんをサポートする立場の私が、嶺さんの足を引っ張るところだった。その事実が胸に重石のようにのし掛かった。
 周囲から私では無理だと思われているのもショックで、でもこんなミスをしてしまえば、納得するしかなかった。
 通永さんは、大したことはないわよ、と自身の失敗談まで持ち出してフォローしてくれたけれど、それすら申し訳なかったのだ。
 それで嶺さんに教える価値もないと見限られて、最悪……。

 と、ことりとマグカップが置かれる音がした。顔を上げると、嶺さんが私の前にデザート皿を置くところだった。

『終わってからにするつもりだったが、休憩しよう』