「やだ、通永さん勘弁してください。前社長を上司として尊敬していましたけど、雰囲気はまんまお地蔵様じゃなかったですか? 勘違い以前に食指が動かないわ」

 表現はさておき、嶺さんのお父様である前社長は常ににこにこと穏やかな男性だった。部下を牽引するよりは工房で職人と一緒になって手を動かしたがるところが、社員には好かれていたのだ。
 とはいえ人柄のよさと経営手腕は別の話で、前社長自身もそれを承知していたからこそ、早めに退いて嶺さんに任せたのだと風の噂に聞いた。

「勘違い云々は別として、仕事のできる男をサポートするためには、私たちも怠けていられないものね。羽澄さんもそういうことでしょう? 業務時間外もよく勉強してるわよね」
「え、通永さん見てらしたんですか?」

 ピクニックの日をきっかけに始めてから、ひと月弱だろうか。業界の動向や欧州市場のトピックスなどの記事をクリッピングしていたのだ。
 元は嶺さんがしていたけれど、関連する専門書などを読んだりもして勉強にもなるので、今は私が担当している。英語の記事も多いので、必然的に語学の勉強もプラスされてしまったけれど。

 笠原さんがふぅん、と気のなさそうな声で、箸で青パパイヤと蒸し鶏のサラダをつつく。

「知沙ちゃん、けっこう必死? 社長に気に入られたいものね」
「そういうわけじゃなくて、少しでも社長のご負担を軽くしたいと思っただけなんです。社長はなんでもひとりでこなしてしまわれますが、負担がないはずはないので……」

 といっても、最初は記事を読んで情報を与えられても重要度さえ判断できなかった。
 でも、嶺さんは私が理解できないことを馬鹿にせず根気よく解説してくれる。ときには、素人丸出しの私の意見を『参考になる』と喜んでくれる。
 しかも昨日にいたっては……。
 思い出したら、肌がみるみる火照った。