「池のほうに行ってみましょうか。喉が渇いたらいつでもおっしゃってくださいね。冷たいお茶を用意していますから。そうだ、暑さがキツいとき用に携帯用のファンとスプレータイプの冷却剤も用意してます」

 嶺さんに説明しながら、私は肩掛けのトートバッグから水筒やファンやスプレーを取りだす。
 すると、トートバッグごと嶺さんがひょいと取りあげた。

「前から思っていたんだが、君はいつも大荷物だな。旅行にでも出かける気か?」

 嶺さんが歩きだす。
 われに返って私も隣に並ぶと、嶺さんは職場で見るよりもずいぶんとゆったりした歩調になった。

「自分ではそんなに持ち運んでいるつもりはなかったんですけど……」

 急に右肩が軽くなる。嶺さんを見やったけれど、返してくれる気はなさそうだ。なんだかすうすうするのが慣れない。

「色々、持ち歩いていないと不安なんです。緊急事態があったときに、ないと困ると思って」
「なにが入ってるんだ?」
「えっと……ハンカチティッシュ……は別として。裁縫セットに救急セット、あと判子にモバイルバッテリーと、カロリーバーでしょ、水筒でしょ、ガムと歯磨きセットに眼鏡――」

 さらに続ける私に、嶺さんが苦笑する。

「――仕事用の鞄には、ストッキングの替えとストールと、それから胃薬も――」
「胃腸が弱いのか?」
「いえ、私ではなくて……この前みたいに、会食が続いたときにお渡しできるようにと思って」

 嶺さんが驚いた顔をした。

「俺のためか」
「胃が荒れるほど会食を詰めこまないでほしいというのが本心なんですけど、そうもいかないでしょうから」

 笑って言うと、嶺さんがなんとも形容しがたい顔で微笑んだ。

「君はまず、自分の荷物を軽くするところから始めなければならないな。それで不安になるときには、俺を呼べばいい」
「え、でも」

 嶺さんを呼ぶ?
 困って足を止めたら、嶺さんが苦笑気味にして立ち止まった。

「難しく考えるな。池はどちらだ? ()(はん)で休憩しよう」