とたんに心臓を跳ねさせた私と反対に、嶺さんは悠然とソファに身体を沈ませる。私にも隣に座るようにうながした。
 とはいえ、隣は緊張する。私は嶺さんからひとり分のスペースを開けて腰を落ち着けた。

 ――侵食って、ハーブの香りに? それとも……〝私〟に?
 なんて、的外れかもしれない質問をぶつける勇気は残念ながらないけれど。

「だが、君はまず自分を優先させたほうがいい」

 どういう意味かと尋ねるまもなく、私の口元に嶺さんがマグカップを寄せた。
 間近に嶺さんの怒ったような顔がある。どきりとした。

「俺付きの秘書になったせいで、君も業務量が格段に増えただろ。俺は慣れているからいいが、君の心身のほうがよほど心配だ」
「そんな、嶺さんに比べたら私なんて大したことないですよ」
「自覚がないのが、いちばん悪い。ほら、飲んで」

 ハーブティーであたためられたカップの縁が、やんわりと唇に当てられる。それだけで私は、魔法にでもかかったみたいに固まってしまった。
 これでも嶺さんの秘書なんだから、忙しくして当然で。私が甘やかされるのは違う。そう思う……のに。

「……いただきます」

 マグカップを両手で受け取って口をつける。
 ほのかな甘みを含んだ香りに包まれたら、この香りが嶺さんも包むのかと思ってたまらない気分がせりあがってきた。胸が騒いでしかたがない。

「髪もまだ湿ってるな」

 嶺さんの手が伸びてくる。

「さっきお風呂に入ったばかりなので……」

 しっとりした髪をすくわれ、私はマグカップを手にしたまま目を見開いた。無意識に息をつめる。
 毛先にまで神経が通っているかのように、嶺さんの指先をまざまざと感じてしまう。ど……どうしたらいいの?

「ではドライヤーを持ってこよう」