挨拶を終えると新社長はさっそく指示を飛ばす。
 その中には挨拶回りを含めた当面のスケジュールの共有や、前社長時代に進行中だったプロジェクトの今後の進め方なんかも含まれている。
 新社長からは、三十代前半という若さを圧倒する貫禄と会社経営に対するアグレッシブな姿勢が、よい塩梅で両立している様子がうかがえた。
 口調は父親である前社長に比べると淡々としているけれど、だからといって私たちを突き放す感じはない。

「――以上だ。ここまででなにか質問は?」

 新社長は一つひとつ指示を終えるたび、私たち秘書の理解が追いつくよう確認を挟んだ。だから萎縮せずに質問もできる。
 ひとりよがりな説明で終わらないところも、変なエリート意識をかざさないところも、好印象。
 もし新社長が甘やかされたお坊ちゃんだったらどうしようかと、先輩たちは先日まで(せん)々(せん)(きょう)々(きょう)としていたから、きっとこの数十分だけで好感度は爆上がりしたに違いない。

「最後に、私付きの秘書だが――羽澄さん」

 手元のタブレット端末で指示を確認していた私は、隣の笠原さんに小声で「ちょっと」と脇腹を肘でつつかれて顔を上げた。
 ばちっ、と新社長と目が合う。静かだけれど鋭い目に肩が跳ねた。
 どうしよう。社長から目を逸らしてしまったのに気づかれた?

「私付きの秘書は、羽澄さんにお願いしたい」

 ――え?
 目を白黒させた私の周りで、どよめきが起きた。皆、驚いているのがありありとわかる。だけどいちばん驚いているのは私だ。
 これまで、主な業務といえば先輩秘書のサポートだった。それが、笠原さんを押さえて私が社長付き? そんなの、順当じゃない。
 私が混乱しているうちに、笠原さんが室長に詰め寄る。

「待ってください、前社長には私がついていました。室長からも新社長には私だって……!」
「室長とも話はついている。羽澄さん、いいね?」

 ほんとうに、私が新社長付きの秘書になるの?