「えっ、使えますよ!?」
「そういう問題じゃない。揃いの食器を用意するのはQOLを上げるのに必要だ」
 クオリティ・オブ・ライフ……だっけ。
 上がるとしても、それは一緒に食べる前提での話では? 嶺さんは、私と一緒に食事を取りたいの?
 混乱してきた私に、嶺さんは楽しそうな顔で言った。

「外出の用意をするといい。今から買いに行こう」



 困った。嶺さんの隣を歩くための服がない。
 着ていたフーディーとワイドパンツを見おろす。コットンジャケットを羽織った嶺さんを見たら、ますます場違い感が募ってくる。
 社長と秘書に見えないのはいいとして、これでは夫婦ではなく兄妹だと思われてしまう。
 私はあてがわれた自室に飛びこむと、これだけでひと部屋ありそうなウォークインクローゼットを開けた。積みあげられたカラーボックスから、中身を引っ張り出しては体に当てる。

 ジャケットの男性の隣を歩くなら、なにを着ればいいの?
 勢いで開けたカラーボックスのひとつを覗きこんだ瞬間、私は顔を強張らせた。伯父さんが送ってきたワンピースの数々。捨てたかったのに、捨てるつもりだったのに捨てられなかった。
 これだけはダメ、嶺さんの前で着たくない。
 私はカラーボックスをクローゼットのいちばん端に寄せる。
 こうなったら無難にいくしかない。職場でシャツの上に羽織る薄手のパウダーブルーのカーディガンのボタンを閉じ、これも派遣社員のときに総務部で着ていたベージュのタイトスカートを合わせる。
 クローゼットに備えつけられた姿見で、通勤時と代わり映えのしない服装に地味に落ちこむ。けれど嶺さんを待たせるわけにもいかない。

 急いでリビングに戻り、嶺さんの車で出かける。
 連れていかれたのは、都内にあるセンスのよいアンティーク風の家具と雑貨を扱った店だ。

「食器以外にもほしいものがあれば買えばいい」

 そう言われてもよけいなものを買うお金はないけれど、様々なデザイン照明が吊り下げられた明るい店内は、眺めるだけであっというまに時間が経つ。どの商品にもぬくもりが感じられて、自然と笑顔になる。

 ――あ、これかわいい。